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2017年04月23日12:28

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地下鉄「だいどう豊里駅」まで行くと母親に会えているように感覚がある

今日も「手漕ぎ車椅子」の�爛肇譟璽縫鵐亜Ε魁璽広瓩任△觴�宅から地下鉄「だいどう豊里駅」の往復を走行する。

地下鉄「だいどう豊里駅」でふと、今の大桐4丁目のマンションからと、以前住んでいた豊里4丁目から地下鉄「だいどう豊里駅」までの距離はあまり変わらないのではないかと、思ったりしている。

数年前、わたしは毎朝、豊里4丁目の自宅から地下鉄「だいどう豊里駅」までのコースを�犹曲皀魁璽后κ盥垠盈�コース�瓩箸靴栃發い討い拭�

今は同じようなことを、今は「手漕ぎ車椅子」に乗って行っている。そう考えると、人間はそんなに進歩していないものだということが分かってくる。

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たしかにそうかもしれない。わたしは、先週の日曜日、�牋貎佑猫畆�宅から地下鉄「だいどう豊里駅」までの走行に達成したとき、不思議と今もわたしは母親や父親、下の妹家族と�狷欝錣靴討い襪里任呂覆い��瓩箸いΥ蕎陲�湧いてきて、

�爐覆鵑澄⊆�分はそんなに大層なことはしていない�甅爐錣燭靴�やっている一人暮らしはそんなに大層なことではない�甅爐燭席襪蕕靴討い訃貊蠅�大桐と豊里と少し距離のあるところになったというだけのことではないか�瓩箸い�思いに駆られたのだ。

地下鉄「だいどう豊里駅」まで行くと、わたしには不思議なことだが、なんだか母親に会えているように感覚がある。今度、母親から電話がかかるってきたら、わたしが「手漕ぎ車椅子」で一人で地下鉄「だいどう豊里駅」まで行けるようになったことを話そうと考えている。母親はどんなふうに言うのだろうか。それは今から楽しみである。
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