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2017年04月11日10:03

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�爐�まえはわたしの自慢の息子��

昨夜、久しぶりに母から電話をもらった。

母は、別段何ら変わりはなく、元気そうであった。

その電話のなかで母は、
「おまえはわたしの自慢の息子、決して片時もおまえのことを忘れたことはない。」
と、繰り返していた。

�爐�まえはわたしの自慢の息子��
という母の言葉を聞いて、少し驚いた。というのも、上の妹の結婚式で親類に母が
「うちの子は下のなるにつれて、しっかりしている」
と話していたことを聞いたことがある。その時母はわたしが近くにいるとは知らずについつい本音を言ったのだとわたしは思っていた。

�爐Δ舛了劼浪爾里覆襪砲弔譴董△靴辰�りしている�瓩箸蓮�一番上のわたしは頼りないということを意味しているのだとその時は思った。その時、母はわたしの存在に気が付き、
「あら、あんたそんなところに居たの」
と、笑って誤魔化していたのを覚えている。

だから、母の�爐�まえはわたしの自慢の息子�瓩箸いΩ斥佞砲肋�し驚いたのである。

そうして母は少し泣き声になりながら、
「本当はおまえを手放したくはなかった」
とも言っていた。

母はわたしの�牋貎擁襪蕕鍬瓩砲枠紳个垢觧廚い發△辰燭里任△蹐ΑJ譴呂錣燭靴鮠祿欧里△訖搬里忙困鵑世海箸砲△觴錣劉狎嫻き瓩澆燭い覆發里鬚困辰隼�ち続けていた。

母はわたしが脳性麻痺という身体に障害を持つ身体で生まれてきた原因を、�爐錣燭靴里�腹のなかが狭かったから�瓩箸錣燭靴墨辰径海韻討�た。

しかしわたしが自分が生まれた病院での自分が生まれた時のカルテを見せてもらった時に、わたしのカルテには赤ペンで�倏焼盻亰譴△雖瓩箸いΦ�載があったのに対して、母のカルテには�狎犠鑛�娩�瓩判颪�れていた。それを見た医師が
「あなたを取り出す時に何らかの医療事故があったのかもしれない。しかしもう関係者はこの世に二はいないから調べようもないが」
と話していたことをとても印象的に覚えている。

つまり母の�爐錣燭靴里�腹のなかが狭かったから�瓩箸いΔ海箸�原因でわたしがこのような身体に生まれたのではなく、何らかの医療事故によってこうなった可能性もあるとその時に強く思った。そうしてそのことを母に話したが、母は、

「そんなことがあったの。はじめて聞いたわ。でもあなたが障害のある身体に生まれたことはわたしのお腹のなかが狭かったからなの」といい続けていたことを昨夜の電話を聞きながら思い出したりしていた。

わたしは母に、
「一人暮らしをはじめて半年になるが、その間にいかに自分が母や父、家族のみんなや周囲の人たちに守られてきたのかということを痛感して、感謝の思いでいっぱいになっている」
と話すと、母はまた、
「わたしは片時もおまえのことを忘れたことはない。本当はおまえを手放したくはなかった」という言葉を繰り返した。

母はわたしに対して思い深い�狎嫻き瓩魎兇犬討い襪海箸魏�めて痛感した。だからこそ、わたしは�狒宛�きに�畧犬�ていかなければならないのだということを痛感したのである。

わたしが母にとっての�犲�慢の息子�瓩任△蠡海韻襪燭瓩砲癲�
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