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2016年12月07日08:44

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人の慈愛は深いかもしれないが、表現力には限りがある。

個人的にはちょっと感動してしまったが。

人の愛情は深いかもしれないが、表現力には限りがある。指輪を贈るという行為そのものにとらわれているじゃないか、という指摘には一理を見出せるが、しかしそれはあまりにも厳しすぎるだろう。そのような発言をする本人が、十分な表現力を持っているかどうかは疑わしい。

そもそも、指輪を贈るという習慣にしても、個人が普段買うような月並みな製品では、その深い愛情の表現としては不適格だろう。身を削って奉仕するような精神性に込められる思いに感動するわけで、物品に感動するわけではない。場合によっては、自分の小遣いよりも小額の指輪に感動する大富豪の娘がいたとしても、それはそれであり得る話だと思う。

が、その「気持ちの特異性」を「相手に伝わるように」表現するのは難しく、何らかのフォーマットが必要だ。このような形で形骸化している文化は日本を含めて世界中にある。例えば、トルコの夫人の誉れは「鍋の底を常時ピカピカに保つこと」だが、本来の趣旨はその一点ではなく、家事全般に及ぶものだろう。しかし、鍋の底が象徴として特化されているわけだ。

面白いのは、このフォーマットを外れると、いろいろなものがブラック化する。「誠意を見せろ」とごねるヤクザもそうだし、話題のブラック企業も「弊社ではお金ではない大切なものを学べます」と高らかに謳いあげるのである。成長の過程で誰もがそのような既存のフォーマットに反発するものだが、全体として保守的な方向に落ち着くのは、そういった背景を無意識のうちに学ぶからかもしれない。

この気持ちと物品に対する価値観は、通貨・貨幣に集約されるようにも思うが、ここでは割愛しよう。




1万4千円の婚約指輪を店員に笑われ……花嫁の返答が話題に
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