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2016年11月11日23:04

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[備忘記録日記]大河原邦男トークショーのメモった内容

先週行われたメカニックデザイナー大河原邦男(「機動戦士ガンダム」「装甲騎兵ボトムズ」など)のトークショー。
トークショーの内容をいくつかメモをしてきたので、忘れないようにと日記を付ける事にした。
その内容を箇条書きにして書きたいと思う。
・北九州に来るのは初めてとの事。でも、博多には来たことあるらしい。今回のようなイベントで来たのか、私用で来たのかは解らないが・・・・。まあ、これはどうでも良い内容だw
・美大を出て最初に就職したのは“オンワード樫山”と言う背広の会社だった。でも、全然面白くなかったらしく3カ月程で辞めたとの事。大河原氏曰く、一生やるような仕事ではなかったんだと。しかし、ここでの経験が後にモビルスーツのデザインに活かされたらしい。(ジオンのモビルスーツとかは特に)
・2番目の就職した子ども服の会社で今の奥さんと出会い結婚したが、同じ会社に夫婦がいるのも何か気まずいと思い大河原氏自身が会社を辞めたとのこと。でも、妻を食わせていくために仕事はしないといけないから、読売新聞の求人欄を見てタツノコプロに就職したと(その前に給与の良い会社(幹部職の募集だったと)の面接を受けたが落ちた・・・)。つまりは別にアニメに興味があった訳ではなく生活をするために選んだ会社がたまたまアニメ制作会社だったというだけの話し(でも、給与はかなり低い・・・・)。
・タツノコプロで最初に割り振られた部署は背景を描く部署だが、何故かポスターカラーで背景を描いていたため、描くのにかなり苦労したらしい(ポスターカラーは本来は背景を描くのに使用しない)。
・ガッチャマンで初めてメカデザイナーの仕事を任される事になったが、アニメの事は全く解らない新人だったため、デザインする際に線を必要以上に多く描いてしまい、現場のアニメーターをかなり困らせたと・・・。でも、それが作品のクオリティを上げる事になりガッチャマンはヒット作になったが、逆にこれでクオリティを上げてしまったため以降の作品でクオリティを上げるためにアニメ業界は四苦八苦したらしい。
・ゴワッパー5ゴーダムのメカデザインをしてる最中にタツノコに内緒で他社の作品もこっそり手掛けてた。この時に後のサンライズの社長になる人物と会う事になる。
・アニメ業界のギャラは普通の企業の半分程度・・・・。そのため、大河原氏は仕事をたくさん受け持ち、絵もたくさん描いたらしい。
・タツノコを辞めてフリーになった後、朝の部と夜の部に分けて仕事をしてたとのこと。ただ、夜の仕事は夕方の6時にビールを飲んで寝てしまうため11時にまた起きて夜中の3時まで仕事をまた始めると言った生活を送っていた。ただ、これも若いころだから可能だったと言う話しで、今はこんな事はしていない。
・ザブングルは玩具メーカーと富野監督の意向が異なったため、作品世界にあの主役メカはかなり浮いていた・・・・。因みに大河原氏は主役メカ2体(ザブングル、アイアンギア)のデザインを手がけたのみ。(ウォーカーギャリアは合体コンセプトとラフのみを提供)
・ガンダム劇場版のポスターは安彦良和がガンダムのポスターを描いてるから自分も描かないといけないんだろうなと思い手掛ける事に・・・。でも、大河原氏自身は絵を描くのは好きじゃないとのこと(仕方なしに手掛けた)。因みにポスターを描く時の画材は一番安いポスターカラーを使用。
・ラストシューティングのイラストはサンライズ側から何も文句を言われなかったから描いた。本来ならああいうタイプの絵はロボットアニメのポスターに使われたりしなかったら、当時斬新だったと言う。
・ガンダム劇場版のポスターは安彦良和の絵より大河原氏の絵の方が売れた。
・ガンプラは最初、番組のスポンサーだったクローバーに話しを持ちかけたが「ウチでは作らない」と言って断られた。そこで手を上げたのはご存じバンダイだった。それで、今ではガンプラはバンダイの利益になってるから大した物だ・・・・(当時はスポンサーでもなんでもなかったのに・・・)
・勇者シリーズは後半に行くにつれて、変形・合体部分はタカラが、それ以外の部分は大河原氏が考えると言った分散作業になっていった。
・ガンダムの初期デザインには実は最初口があったが、安彦氏が「怖いから辞めよう」と言って没になった。
・機動戦士ガンダムSEEDは監督の福田巳津央が羽根好きだったせいか、モビルスーツをデザインする際に羽根を付けたらしいが、これもずっとやってるとネタ切れになってくるからDESTINYの時はかなり困ったらしい・・・。因みに、当時福田の息子は小学生で息子にデザインを見せて格好良いと言ったら採用してたとのこと。
・3Dプリンタは発売されてすぐに買ったが、CADデータがないと使えないせいかもう飽いてしまったらしい。でも、また使おうかとも思ってる。
・海外からの仕事のオファーがたくさん来る(アメリカや中国9
・タイムボカン24はアクダーマ側のデザインのみを担当。
・監督業はするつもりはないらしい。元々アニメには興味ないし、スタッフの一人として一つのピースに収まって仕事をする方が性に合ってるのだと。
・プラモはあまり作った事がない(仕事でゴッドフェニックスのジオラマと、シャア専用ザクを作った程度)。すぐに壊れてしまいそうで怖いからとのこと。

以上がトークショーで話した内容の一部である。
事前に氏が書いた本を読んでトークショーに臨んだため大体の部分はイメージ出来たが、細かい事は本に書いていないため、やはりそれなりに貴重な話しは聞けた気がする。
しかし、大河原氏は過去に営業職をしていたせいか人辺りも良く、サイン会の時にも一人一人に丁寧に話しをしてくれたのはやはり好印象だった。
かくいう、筆者も少しだけ話しをした(笑)(ダグラムのデザインや初期のタイトルについて)
その内容はまたいずれ・・・・(気が向いた時にでもww)


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