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2016年10月02日22:08

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当事者でなかった不幸

一歳違いの従兄を喪ってから三年半になる。
五十過ぎまで生きたことをどう考えるかはともかく、彼は生まれながらの腎機能不全で、物心ついたときにはもう透析を必要としていた。
人生の半分が透析生活である。
父にとって叔父がどんな存在であったかについては良くも悪くも色々な話を聞かされてきたが、半世紀にわたる叔父一家の闘病生活については自分の家族にとっても関わりがあったことなので他人事では語れない。

長谷川氏の視点が判らないわけではない。
が、大多数を自業自得と断じてひとくくりにされた立場としては、たとえ生まれつきの患者を例外だといくら言い訳しようが発せられた「殺せ」の一言を許容することはできない。
彼がああいう考えに行きついてしまったのは、恐らく彼の身内に当事者が居なかったことだろうな。
彼の論理に弄ばれた当事者の身内の一人として、彼には社会的制裁を受けてもらうことを望むし、現状を妥当な処分と思うのは決して他人の不幸を喜んでのことではないことを汲んでいただければ幸いである。

■「殺せ」記事の長谷川豊氏、読売テレビ系情報番組も降板
(朝日新聞デジタル - 10月01日 09:28)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4219876
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