■人生をどう終えるのか 自然な最期を迎える「平穏死」とは?
(産経新聞 - 08月04日 14:09)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=133&from=diary&id=4127535
成程御説ごもっとも…な部分は多々あるがしかし、個々のケースを見ると一概にそうとは言い切れないのではないか?
ウチの職場では看取りの方も受け容れている。ご利用中に神様の御許に旅立たれた利用者さんも何人か接した。とてもじゃないが公式だの統一見解だのって言えない、作れないってのが実感なのよ。
AさんのケースがBさんには当てはまらない、Bさんへの最適解はCさんには虐待になる…そんな場面ばっかり。だからその都度、その人ごとに違う最適解を求めて模索している。
確かに麺料理じゃあるまいし全身チューブだらけで意思疎通もままならない状態って傍から見ると苦しそうに見えるが、それが苦しいか否かはぶっちゃけ当のご本人にしかわからない。或いはそれでも生きていたい!って思っているかも知れない。
またたとえ当人はきつくてもではご家族は?お身内様は?近親者友人知人は?大切な人には一日でも1分1秒でも長く生きていて欲しい。貴方がいるから心の支えになる!…と思っている場合も多々ある。その命の日を軽々に消し去っていいのか?
実際酸素カニューレで常に酸素供給を受けている利用者さんもいる。その方はしかし寝たきりではなく食事・更衣・入浴・排泄その他日常生活は自立していて自立歩行も出来る。しかしご主人には早くに死別、娘さんも幼い時に亡くされたとのことで最近しばしば
「もう死にたい」
などと口走られる。若しかしたら残酷な言い回しなのかも知れないがついつい突っ込んでしまう。
「寂しいこと仰らないで下さい。貴女にもしものことがあったら悲しむ人もいるでしょ?」
「誰もいないわよ。亭主も娘も死んでしまったし…そんな人いない」
「貴女の目の前にいるでしょ?」
「どこに?」
「ここ!貴女にもしものことがあったらオレが悲しいの!寂しいの!きっと仕事忘れて泣き叫んじゃうから!だからそんな悲しいこと仰らないで!同じ人生笑って暮らそう楽しんで行きましょう!」
「そんなこと言ってくれるのはアンタだけだね」
まぁ最後には笑ってくれたけど(苦笑い?)
ただ、御多分に漏れずウチの職場も人手不足。利用者さんの為にしたい事、すべきことも最低限しかできずご希望に必ずしも添えない場合も少なくないのが悔しいところ。
この問題、公式も正解もない。あるのはそれぞれ違う最適解だけだ。
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