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2016年07月28日23:17

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東大教授のくせに詭弁を使う小人

 他の事件もぜんぶ二重の殺人ですよ、あなたの論だと。
 なぜことさらに今回の事件だけを強調してしまうのです? 人間ついつい自分の内部の問題をあたかも外部に原因があるかのように語ってしまうものですが、その轍を踏んでいませんか?

◆

相模原事件は「二重の殺人」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4115946

 相模原市の障害者施設殺傷事件を受け、障害者の関係団体が相次いで声明などを発表する中、全盲と全ろうの重複障害を持つ福島智・東京大先端科学技術研究センター教授から「暗たんたる思いに包まれています」というメールが27日、毎日新聞に届いた。福島さんが「今回の事件から考えた原理的な問題」をまとめたという原稿を紹介する。

 ◇強者優先の社会を連想…福島智氏

 「重複障害者は生きていても意味がないので、安楽死にすればいい」。多くの障害者を惨殺した容疑者は、こう供述したという。

 これで連想したのは、「ナチス、ヒトラーによる優生思想に基づく障害者抹殺」という歴史的残虐行為である。ホロコーストによりユダヤ人が大虐殺されたことは周知の事実だが、ナチスが知的障害者らをおよそ20万人殺したことはあまり知られていない。

 一方、現代の世界では、過激派組織「イスラム国」(IS)の思想に感化された若者たちによるテロ事件が、各地で頻発している。このような歴史や現在の状況を踏まえた時、今回の容疑者は、ナチズムのような何らかの過激思想に感化され、麻薬による妄想や狂気が加わり蛮行に及んだのではないか、との思いがよぎる。

 被害者たちのほとんどは、容疑者の凶行から自分の身を守る「心身の能力」が制約された重度障害者たちだ。こうした無抵抗の重度障害者を殺すということは二重の意味での「殺人」と考える。一つは、人間の肉体的生命を奪う「生物学的殺人」。もう一つは、人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する「実存的殺人」である。

 前者は被害者の肉体を物理的に破壊する殺人だが、後者は被害者にとどまらず、人々の思想・価値観・意識に浸透し、むしばみ、社会に広く波及するという意味で、「人の魂にとってのコンピューターウイルス」のような危険をはらむ「大量殺人」だと思う。

 こうした思想や行動の源泉がどこにあるのかは定かではないものの、今の日本を覆う「新自由主義的な人間観」と無縁ではないだろう。労働力の担い手としての経済的価値や能力で人間を序列化する社会。そこでは、重度の障害者の生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。

 しかし、これは障害者に対してだけのことではないだろう。生産性や労働能力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニズムは、徐々に拡大し、最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。つまり、ごく一握りの「勝者」「強者」だけが報われる社会だ。すでに、日本も世界も事実上その傾向にあるのではないか。

 障害者の生存を軽視・否定する思想とは、すなわち障害の有無にかかわらず、すべての人の生存を軽視・否定する思想なのである。私たちの社会の底流に、こうした思想を生み出す要因はないか、真剣に考えたい。

 ふくしま・さとし 1962年神戸市生まれ。小学生で全盲となり、高校生のときに特発性難聴により聴覚も失う。母が、両手の指の関節を点字の突起に見立てた「指点字」というコミュニケーション方法を考案し、よどみなく会話ができるようになった。盲ろう者として初めて大学(現・首都大学東京)に入学し、金沢大助教授などを経て現職。全国盲ろう者協会理事、世界盲ろう者
連盟アジア地域代表を務める。2003年に米週刊誌タイムの「アジアの英雄」に選ばれた。

◆

(超耳)

> こうした思想や行動の源泉がどこにあるのかは定かではないものの、今の日本を覆う「新自由主義的な人間観」と無縁ではないだろう。労働力の担い手としての経済的価値や能力で人間を序列化する社会。そこでは、重度の障害者の生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。

 定かでないとは不勉強な。
 どんな生き物も生存競争をします。高等動物では不出来な子を間引くことは珍しいことではありません。なんのためにそうするのかは明らかです。種の存続に都合がいいからです。間引きを知る種が現在生き残っていることから容易に推察されます。
 だから、合理的に種の存続を優先させれば、不出来な個体は意図的に減らすのが最適解です。そんなこと言うまでもないことでしょう? バカが教授やっているの?

 ひるがえって、じゃあどうして私達ヒト種だけはその「合理的な」方法を採らないのかということを考えるべきだと思います。私たちにとっては種の存続はもはやほとんど達成した過去の課題だからです。いちばん大事なところはもうだいたいいい感じに仕上がってきた。よっていちばん大事なことのために犠牲にせざるをえなかった二番目、三番目に大事なことをやっていこうよ、という段階に至っているわけですよね。他の高等動物だって、知恵があって、社会の富に余裕があればきっと私たちと同じことをすると思いますよ。それが「合理的」ですから。

> しかし、これは障害者に対してだけのことではないだろう。生産性や労働能力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニズムは、徐々に拡大し、最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。つまり、ごく一握りの「勝者」「強者」だけが報われる社会だ。すでに、日本も世界も事実上その傾向にあるのではないか。

 まるで順番が逆ですよね。
 なにが「最終的に覆い尽くす」ですか。そんなのは原初の生命だった頃からずっと(今も)すべての生命を覆い尽くしていますよ。私たちヒト種だけが、わずかにそのくびきから自由な裁量を得ることができたのです。祖先たちのおかげでね。
 この人にとっては先人たちが血と汗とで築いた大切な権利が、最初からあるものに思えているんでしょうね。だから古くからある当たり前のものが新たな脅威であると見える。脳を使えばいいのになあ。あなたの見方は逆ですよ。
 日本とか世界とかじゃなく、ヒト種もあまねく生命すべてが、「勝者」「強者」にだけ報いる環境に生きています。三十億年間ずっと。
 知らないの?

 たぶん知っているくせに目をつぶり、自分の弁に都合がいいように改変して語っているんでしょうね。持って生まれた高度な頭脳を詭弁に用いるとはなんという無駄遣い。


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