mixiユーザー(id:33240433)

2016年04月11日10:54

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「無条件に価値ある私」という考え方を捨てなければ。

もしくは逆に、「無条件に価値のある他人」という考え方をあなたが取り入れるか、どっちか。

>仕事の中核を担う人材が介護を理由に突然離職してしまうことは、大きな損失となります。

と記事中にあって、これは労働改革を訴える人はよく使う。
ただ、あなたの会社を見回してもいいし、あなた自身の世間に対する感覚に問うてもいいが、
実際、他人と区別化して「損失になる」ほどの人物はわずかでしょう。
非常に多く見積もって10人に1人くらいなもので、
それ以外は代わりがきく、むしろ変に増長する前にやめてもらった方が好都合ではないか。
と、少なくともあなたは周囲をそういう風に観察してるのではないでしょうかね。

会社と、労働者という比較でつかう尺度と、
あなたと、上司や部下を含めた同僚、という尺度で価値観を変えていると、
都合よく社会や企業に使われる危険性が増す。
いくら論理的で素晴らしいことを言っていても、結果的には企業の利益主義に踊らされることになる。

1990年代だろうか。それまでの年功序列型の給与制度を見直し、
能力主義的な方向性を取るべきと盛んに叫ばれた時代があった。
しかし、今の老人が破綻仕掛けの年金制度にしがみつく例からもわかるように、
愚かな大衆は「自分の不利益になる善良な改革」を受け入れない。
つまりこの時代、「能力給にせよ」と叫んだサラリーマンは、総体としては、
「正当な評価さえされれば自分は上に行ける」という、根拠のない自信に陥っていた。

これは副次的に様々な社会問題を生んだと見ていい。
「間抜けな奴に高い給料を払うな」という感覚は、
「こんな業務はパートか派遣にでもやらせればいいじゃん」という実務へ直結したし、
その結果が今の多すぎる非正規雇用へと繋がっている。
今頃になって同一賃金同一労働などと宣っているが、
少なくともバブル崩壊以前にはそうだったよね、という堂々巡りをしているにすぎない。

労働者は、駒にすぎない。
労働市場で売り買いされる、商品の一つに過ぎない。
あなたがあなたの得意な分野を見回してくれればわかると思うが、
ほとんどの商品は大して魅力も感じない無価値なもので、
欲しくなるようなものは一握りにすぎない。
あるいは、あなたの周りの人間は皆結婚したくなるような好人物ばかりだろうか。
必ず、どうでもいいような人間から恋い焦がれる人間まで、非常に急峻なピラミッドを形成するはずだ。

ではなぜ、企業と労働者の間にだけ、神のような平等と慈悲があるべきなのか。
富裕層からの富の還元が云々、という話は無意味だ。
ほとんどの企業は中小企業で、ほとんどの社長が貧乏だ。
話題になるような企業家など、スポットライトが当たるわずかな主役たちにすぎない。
まるで企業家が無条件に裕福で搾取をする敵であるかのような認識では、
労働改革などほど遠いだろう。
人々が敵を認定して自分を正当化する以上、企業家だってそうする権利はある。

社会は信頼で成立している。
この信頼というのは、少年漫画の売り文句のようなものではなく、
ボタンを押せば商品が出てくるという程度の、「期待できる因果関係」に近いものだ。
こと労働関係において、「相互の」不信感が強烈にマイナスに作用していると思う。
相互の、ですよ。
あなたが企業に不信感を抱いているのと同等以上に、経営者もまた労働者に不信感を募らせている。
それは、社会全体がそうしてきたのだと個人的には思う。


■会社に隠せば隠すほど深刻になる親の介護を考える
(JIJICO - 04月10日 12:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=180&from=diary&id=3940058


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