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2015年12月12日14:27

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、『木村素衞著作集』(全6巻)が2014年に刊行された

本日、学術出版会というところから、『木村素衞著作集』(全6巻)が2014年に刊行されていることを知る。なんと全巻セット購入で11万円とのことである。

そのパンフレットには次のように書かれていた。

「西田幾多郎門下の哲学者・教育学者 木村素衞は、哲学と美学研究を基にオリジナルな日本の教育学を構築した。随筆・日記抄を含めた初の著作集!」

木村素衞のことは、恩師・原野栄二先生からよく話を聞かされていた。木村素衞は西田幾多郎と同じく石川県の出身で、健康問題もあり京都帝国大学の文学部哲学っ化専科出身で、そんなこともあり、西田幾多郎がとくに目をかけていた弟子のひとりであったらしい。

京都帝国大学卒業後は広島文理大学に赴任。西田幾多郎は、この木村素衞が藝術的才能にもたけ、絵画を自分でも書いていたので、将来は京都帝国大学文学部哲学科の美学の担当教授に据えようと考えていたらしいが、教育学のポストしかなく、木村素衞自身がかなり苦痛の選択だったが、教育学の担当救助として京都帝国大学文学部哲学科に帰って来た。

戦前は、高山岩男、高坂正顕、西谷啓治の先輩で、高山岩男、高坂正顕、西谷啓治、そして鈴木成高の�狎こ�史の哲学�瓮哀襦璽廚髻↓狎こ�史講座の田舎芝居�瓩蕃葫蕕靴独稟修靴燭箸いΑ�

ただ、戦時中体調不良で長らく京都帝国大学の授業が行えず、原野栄二先生が�狢緻鬮瓩箸靴謄疋ぅ銚譴旅愼匹亮�業を行ったと聞く。

戦後、昭和21年、長野県での信州講座に出席中に死去。亡くなった木村素衞を原野栄二先生か引き取りに行かれたらしい。

木村素衞の代表作の一冊である「西哲叢書」の『フィヒテ』は、フィヒテの生涯を書くことなく、ただフィヒテの哲学的思想の身を開設するにとどまっている。本来、「西哲叢書」はその哲学者の生涯と哲学的思想とを一冊にまとめたものである。しかし木村素衞の『フィヒテ』はその半分で終わっており未完の一冊だと言える。

だがその『フィヒテ』が持つ学術的価値の高さは、西谷啓治先生がわたしに「ドイツ語訳してヨーロッパに持っていけば、十分に通用する。」と語っておられたことを覚えている。

原野栄二先生は、何とか『木村素衞著作集』を世に問いたいと繰り返し話しておられたが、それが今、ようやく世に問われることになる。ただ�犖堕�100セット�瓩箸いΔ里蓮¬畋質矧未�いかに世に知られていない哲学者なのかということを物語っているのではあるが。

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