■国鉄時代に製造、485系ラストラン JR九州
(朝日新聞デジタル - 10月19日 06:46)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3669542
485系…各地でお世話になったよ。地元でも九州でも北陸でも東北でも…
九州の485と言えば、大学時代合宿の帰路乗った有明、先頭車が何とクハ481-1だった。
生憎シートはリクライニングしないタイプで、ドアの裾にはサビから来た穴も開いていてかなりくたびれていたのは惜しかったが、それでもトップナンバーであることがそれらのマイナスを全て帳消しにしていた(と感じたのは[鉄もの]の欲目だね)。
でも485に一番世話になったのは富山にいた頃だね。あの頃月に1度弱会議で関西の本部への出張があった。北陸本線の[雷鳥]には随分と世話になった。
向日町や金沢其々のリニューアルの違い、また485自体の番台区分による差異(アプリのVersion違いみたいなもん)も楽しんだよ。
電化区間であればまずどこでも走行出来(但し中央東線や身延線などはそのままじゃ入れまいが…)実際大阪〜青森間途中2回電源が切り替わる中直通運転出来た。クリームと赤のツートンカラーも飽きの来ない秀逸なデザインで[国鉄特急]と誰の目にも明らかだった。
(ただ、電車特急第1世代の151系に比べ性能面では格段の向上はあったものの[偉大なる先駆者]をイメージの点で凌駕出来なかったのは惜しまれるが、これは151系の完成度がそれだけ高かった証であり485系も良い部分を受け継げたからこそ今まで活躍できたのだ)
鉄道高速ネットワークの立役者も流石に寄る年波には勝てまい。長年の激務お疲れ様。
勇退する名優に惜しみない拍手を送りたい。
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