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2015年08月27日12:01

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安保法案は�狎鐐茲了寛劼魴个董∧刃村腟舛魴任沖瓩瞳�国した日本国の存立の危機を齎す―小熊英二氏の「�狎鏝絖瓩箸浪燭�」というコラムから

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3585468

(あすを探る 思想・歴史)「戦後」とは何なのか 小熊英二
 「戦後」とは何なのか。それはいったい、いつ終わるのか。
 諸外国では、「戦後」とは、おおむね終戦から10年前後を指す。そもそも、多くの戦争を戦った国の場合、「戦後」はいくつも存在する。
 しかし日本では、「戦後」は70年も続いている。それでは、日本にとっての「戦後」とは何なのか。
 私の意見では、日本の「戦後」とは、単なる時期区分ではない。それは、「建国」を指す言葉である。
 日本国は、大日本帝国が滅亡したあと、「戦後」に建国された国である。もちろん、日本国の構成員が、一夜にして変わったわけではない。しかしそれは、1789年にフランス共和国が建国され、1776年にアメリカ合衆国が建国されたのと同様に、「戦後」に建国された国である。
 では日本国は、どんな骨格をもって建国されたのか。いうまでもなく、日本国憲法がその骨格である。
 憲法を指す英語constitutionとは、「骨格」ないし「構成」という意味である。まず前文に、こういうコンセプトで国を造る、という宣言が書かれる。そして、コンセプトを具体化するための国の設計図が、各条項として書かれている。
 日本国憲法の前文は、二つのコンセプトを掲げている。国民主権と平和主義である。その前提にあるのは、戦争の惨禍の後にこの国は建国された、という共有認識である。
 その意味で、日本国憲法の最重要条項は、第1条と第9条だ。すなわち、天皇を「主権の存する国民」の統合の象徴と位置付けた第1条と、「戦力」放棄をうたった第9条が、前文に掲げられた国民主権と平和主義の国を具体化する条項である。
 従ってこの2条項の改正は、基本コンセプトの変更を意味する。他の条項については、国民主権と平和主義をよりよく実現するための改正、ということもありうるだろう。しかし前文・第1条・第9条の改正は、国の骨格そのものの変更である。
 フランスやアメリカでも、憲法の各条項の改正は行われる。しかし、人権宣言と独立宣言は変えない。それは、建国の基本的精神を変更することであり、つまりは「『フランス共和国』や『アメリカ合衆国』をやめる」ことを意味するからだ。
 逆にいえば、「日本国」を否定したい人々は、前文と第1条と第9条の改正を目標にしてきた。これらの改正をめぐる対立は、「日本国」の存廃をめぐる争いなのである。
 だが日本国は、国内条件だけで成立してきたのではない。戦争の惨禍を経て、平和主義を掲げた国の成立は、国際的には以下の二つなしにはありえなかった。すなわち、東京裁判と日米安保条約である。
 まず東京裁判なしには、日本国の国際社会復帰はありえなかった。また当時の国際情勢では、東京裁判と第9条なしに、第1条の前提である天皇の存続もありえなかった。
 そして第9条は、米軍の駐留抜きに実在したことはない。すなわち1952年までは占領が、1952年以降は日米安保条約が、米軍の駐留を正当化してきたのである。
 つまり「日本国」とは、第1条、第9条、東京裁判、日米安保の四つに立脚した体制である。これら四つは、相互に矛盾しながらも、冷戦期の国際条件では共存してきた。
 そして「戦後70年」とは、「建国70年」のことだ。もし、日本国の存立を支えている4要素が変更されれば、ないしバランスが変われば、「戦後」は終わる。それがない限り、たとえ何らかの紛争に日本が関わっても、「戦後」は続くだろう。
 いま「戦後」は不安定になっている。冷戦終結と国際社会の変動、戦争の記憶の風化、経済条件の変化などが、4要素のバランスと共存を脅かしているからだ。建国70年を迎えた日本国は、今後どんな国であるべきか。いま問われているのは、それである。その議論なしに、この国の未来は探れない。
 (おぐま・えいじ 62年生まれ。慶応大教授・歴史社会学。『生きて帰ってきた男』『平成史』など)。
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上記は、今朝の朝日新聞に掲載された、小熊英二氏による(あすを探る 思想・歴史)「�狎鏝絖瓩箸浪燭覆里�」の全文である。

そもそも�狎鏝絖瓩箸浪燭�。この問いに小熊英二氏は次のように答えられる。

「私の意見では、日本の「戦後」とは、単なる時期区分ではない。それは、「建国」を指す言葉である。/ 日本国は、大日本帝国が滅亡したあと、「戦後」に建国された国である。」

つまり小熊英二氏は�狎鏝絖瓩箸蓮�大日本帝国が滅亡した後、日本国という国家が建国されたことを意味する。すなわち�狎鏝絖瓩箸廊犒�国�瓩魄嫐�する。だから「戦後70年」とは「建国70年」ということを意味するのだと書かれている。

わたしがこの小熊英二氏の「�狎鏝絖瓩箸浪燭�」という一文で面白いと思ったのは、次の二つの行である。

「もちろん、日本国の構成員が、一夜にして変わったわけではない。しかしそれは、1789年にフランス共和国が建国され、1776年にアメリカ合衆国が建国されたのと同様に、「戦後」に建国された国である。/ では日本国は、どんな骨格をもって建国されたのか。いうまでもなく、日本国憲法がその骨格である。/ 憲法を指す英語constitutionとは、「骨格」ないし「構成」という意味である。まず前文に、こういうコンセプトで国を造る、という宣言が書かれる。そして、コンセプトを具体化するための国の設計図が、各条項として書かれている。/ 日本国憲法の前文は、二つのコンセプトを掲げている。国民主権と平和主義である。その前提にあるのは、戦争の惨禍の後にこの国は建国された、という共有認識である。/ その意味で、日本国憲法の最重要条項は、第1条と第9条だ。すなわち、天皇を「主権の存する国民」の統合の象徴と位置付けた第1条と、「戦力」放棄をうたった第9条が、前文に掲げられた国民主権と平和主義の国を具体化する条項である。」

「フランスやアメリカでも、憲法の各条項の改正は行われる。しかし、人権宣言と独立宣言は変えない。それは、建国の基本的精神を変更することであり、つまりは「『フランス共和国』や『アメリカ合衆国』をやめる」ことを意味するからだ。」

この二つの行は、現在の日本国という国家が次のような4項目をコンセプトにして建国された国家であるというが書かれている。

�´爍隠沓牽糠�にフランス共和国が建国され、1776年にアメリカ合衆国が建国されたのと同様に、「戦後」に建国された国である�瓩箸いΔ海函�
�↓爐海瞭�本国という骨格が日本国憲法であり、この日本国の国造りのコンセプトが国民主権と平和主義�瓩箸いΔ海函�
���爐海譴蕕離灰鵐札廛箸料按鵑箸覆襪里�この日本国が戦争の惨禍の後に建国された国家である�瓩箸いΔ海函�
�き狷�本国憲法の最重要条項は、第1条と第9条であり、天皇を「主権の存する国民」の統合の象徴と位置付けた第1条と、「戦力」放棄をうたった第9条が、前文に掲げられた国民主権と平和主義の国を具体化する条項である�瓩箸いΔ海函�

そして小熊英二氏は「フランスやアメリカでも、憲法の各条項の改正は行われる。しかし、人権宣言と独立宣言は変えない。それは、建国の基本的精神を変更することであり、つまりは「『フランス共和国』や『アメリカ合衆国』をやめる」ことを意味するからだ。」と書いておられる。このことは、日本国が日本国であるためには建国のコンセプトである日本国憲法を堅持しなければ、日本国が日本国でなくなってしまうということを、次のように語られている。

「逆にいえば、「日本国」を否定したい人々は、前文と第1条と第9条の改正を目標にしてきた。これらの改正をめぐる対立は、「日本国」の存廃をめぐる争いなのである。」

「だが日本国は、国内条件だけで成立してきたのではない。戦争の惨禍を経て、平和主義を掲げた国の成立は、国際的には以下の二つなしにはありえなかった。すなわち、東京裁判と日米安保条約である。/ まず東京裁判なしには、日本国の国際社会復帰はありえなかった。また当時の国際情勢では、東京裁判と第9条なしに、第1条の前提である天皇の存続もありえなかった。/
 そして第9条は、米軍の駐留抜きに実在したことはない。すなわち1952年までは占領が、1952年以降は日米安保条約が、米軍の駐留を正当化してきたのである。/ つまり「日本国」とは、第1条、第9条、東京裁判、日米安保の四つに立脚した体制である。これら四つは、相互に矛盾しながらも、冷戦期の国際条件では共存してきた。そして「戦後70年」とは、「建国70年」のことだ。もし、日本国の存立を支えている4要素が変更されれば、ないしバランスが変われば、「戦後」は終わる。それがない限り、たとえ何らかの紛争に日本が関わっても、「戦後」は続くだろう。」

�犒�国70年�瓩瞭�本史は、戦勝国が敗戦国を一方的にさばいたとみられる�狹豕�裁判�瓠�憲法第9条に反するように見られる�狷�米安保条約�瓠�国民の象徴に姿を変えた�狹傾沈��瓠△修靴得鐐茲諒�棄を謳った�狷�本国憲法第9条�瓩箸い�四つに立脚しながら、何とか�犒�国70年�瓩魴泙┐燭里任△襦�この�狹豕�裁判�甅狷�米安保条約�甅狆歡�天皇制�甅狷�本国憲法第9条�瓩箸いΓ瓦弔旅猝椶離丱薀鵐垢両紊豊犒�国70年�瓩瞭�本国はなんとか存立してくることができてきたのであり、この4項目のバランスが保たれる限りは日本国は存立するであろうし、この四項目のバランスが崩れたら、日本国は存立が不可能になるのだと、小熊英二氏は語られる。

その上で小熊英二氏は次のようにわたしたちに警告を鳴らされる。

「いま「戦後」は不安定になっている。冷戦終結と国際社会の変動、戦争の記憶の風化、経済条件の変化などが、4要素のバランスと共存を脅かしているからだ。建国70年を迎えた日本国は、今後どんな国であるべきか。いま問われているのは、それである。その議論なしに、この国の未来は探れない。」

わたしたちが今直面している問題は、まさしく�狷�米安保条約�瓩鉢狷�本国憲法第9条�瓩箸量圭發覆里任△襦0打楡�権は、日本国の建国のコンセプトである�犢駝閏膰△畔刃村腟銑瓩魏�そうとしている。安保法案とは、まさしく「日本国」を「日本国」ではない国家に作り替えようとする法案である。�狎鐐茲了寛劼魴个董∧刃村腟舛魴任沖瓩瞳�国した日本国の存立を否定しようとする法案なのである。それは、一言でいわば、�狎鐐茲里任�る国家�瓩紡召覆蕕覆い里任△蝓�日本国をアメリカの�狄¬叡蝋餡鉢瓩紡い蠡悗�様とすることに他ならないのである。

もしも日本国の建国のコンセプトである�犢駝閏膰△畔刃村腟銑瓩�変えられてしまうということは、�狷�本国が存立しなくなる�瓩箸いΔ海箸魄嫐�している。小熊英二の言葉を借りると、「フランスやアメリカでも、憲法の各条項の改正は行われる。しかし、人権宣言と独立宣言は変えない。それは、建国の基本的精神を変更することであり、つまりは「『フランス共和国』や『アメリカ合衆国』をやめる」ことを意味するからだ。」というように、日本国の建国のコンセプトである�犢駝閏膰△畔刃村腟銑瓩鯤�棄することは、「日本国」が「日本国」ではなくなることを意味しているのである。

だからこそ、�犒�国70年を迎えた日本国は、今後どんな国であるべきか�瓩鬚錣燭靴燭舛録新�に考え、行動すべき時なのである。


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