これは社会・哲学用語のつもりなのですが、
認知されている言葉ではなく、私が作りたまに使っている言葉です。
希薄な社会的悪意というのはを簡単に言うと、
「みんなやってるでしょ」レベルの悪事をさします。
ただ、悪事そのものを指すのではなくて、それをやってしまう、
あるいはやっている人を認めてしまう悪意のことです。
たとえば、自動車を運転している時、前方の横断歩道で人が待っている。
「私が止まっても対向車は止まらないかもしれないし、
かえって危ないから無視無視」
というような感覚。
どう考えても悪なのですが、目くじらを立てて責めるほどのことではなく、
「なんてひどい男!離婚します!」ということもない。
とても希薄な悪意なのですが、国民全体で積もり積もると、
歩行者は道路の横断さえできないような、社会的な問題・息苦しさを感じることになります。
似たような例は、多くの人が心に抱えていて、
また、他人の行動として目にすることも多いと思います。
そういう時に、ああ、これが希薄な社会的悪意ってやつか、と思っていただければ、
少しずつでもより悪意のない、住みやすい日本になるかなと思って提唱しています。
長い序文になりました。
今回の件、希薄というには大事件すぎますし、悪意はない問題だと思います。
ただ、被害者や我々世論が、救急医療を糾弾しすぎれば、
その反動は必ず我々に来ることが明白という点で、因果関係は似ています。
当然責任は負うべきで、これは私は国が負うべきだと思いますが、
これが悪意のない事故であるならば隊員個人を責めず、敬意を払うべきだと思います。
判断誤り乳児死亡 消防局謝罪
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3570694
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