mixiユーザー(id:6443030)

2015年07月16日23:30

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歴史において、今回の決断は、必ず評価されることになるだろう。

何故、あのときあそこまで大騒ぎしたのだろうと後悔するときがくる。
今こそ、我が国の将来を真面目に考える国民が、安倍政権を支持するときだと考えます。
(岩田温・拓殖大学日本文化研究所客員研究員)

政治とは「固い板に、錐(きり)で、すこしづつ穴をあけていくような情熱と見識を必要とする力強い緩慢な仕事である」と指摘したのは、マックス・ウェーバーだが、今回の安全保障法案の整備は、必ず我が国の国益に適うものとなるだろう。

後世振り返って見たときに、評価される決断を下した政治家こそが評価されるべきなのだ。瞬間的な民意に依って、後先を考えずに行う大衆迎合的な政治は、そのときには歓迎されるだろうが、歴史によって否定される。

この憲法には、日本をいかに守るかについて、全く書かれていない。書かれているのは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という、ナンセンスな国際認識だけだ。

今回の集団的自衛権の行使が憲法違反にあたると説く憲法学者の多くは、本心では、自衛隊の存在も「違憲」だと考えている。
だが、非武装中立では国が亡びる。そんなことは誰にでも理解できる。

実際問題として、PKO活動における「駆けつけ警護」やシーレーンの防備に関して、従来「集団的自衛権」の行使だと判断されてきた行為が、日本にとって必要となっている。そして、世界の多くの国々も日本が、そうした行為に参加して欲しいと願っている。こうした中で、本来は憲法改正を行うべきところ、もう一度、苦し紛れの解釈改憲(厳密には「あてはめ」の変更)を行ったのが、今回の安倍内閣だ。

安全保障の問題は票にならない。そして、「軍国主義者だ」「戦争を始める」といわれなき誹謗中傷を受ける。その意味で、政治家にとっては難問だ。敢えて火中の栗を拾いにいったようにも思える。だが、この安全保障に関する法案の整備は、誰かがやらなくてはならないものだった。いつまでも、「集団的自衛権は全て行使できません」といって、大国としての責務を放棄するわけにはいかなかったのだ。敢えて、困難な選択をした安倍内閣を、私は評価したい。しばし、安倍批判が続くだろう。無根拠な誹謗中傷もあるだろう。だが、歴史において、今回の決断は、必ず評価されることになるだろう。
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