憶測ですけれど。
過去に何十回もの「火を着けるぞ!」という脅迫をやってきた人なのではないでしょうか。「燃やす燃やす詐欺」ですね。
いいかげんに周りも「ハイハイ、また言ってるよ」という扱いになってきた、そしてささいなことで実際に放火に至る。これならわかる気がします。
大事故、大事件が一回の判断ミスや怒りで起こるというのはじつはそんなに多くないのではないでしょうか。何度も何度も繰り返してきて効き目がなくなってきた「劇薬」「ヒヤリ・ハット」「誰かがちゃんとやるだろう」が暴発するというケースが多いのではないでしょうか。
ブラック企業の上司や社長が「飛び降りろ」とか「死ね」とか暴言を吐くうちに(最初は効き目があるものだから)エスカレートしていって実際に自殺者を出す、というようなのも似ているかなあと感じるのです。
■「妻が見送りにこなかった」 大分の火災で容疑者供述
(朝日新聞デジタル - 07月07日 22:49)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3504946
(超耳)
>「妻が見送りにこなかった」
もし私の推測通りなら、過去には何度も気に入らないことがあると「火を着けるぞ!」という脅しがうまくいっていたのかもしれませんね。
あとはもう火をつけるしかなかった。引き下がれなかった。
分岐点はどこだったのでしょうか?
私は、その瞬間にがまんすることとか思いとどまることなどほとんど無意味なように思います。
こういう破滅的な脅しをする人はいつか自分自身が呑み込まれてしまうように思えてしまうのです。自殺未遂や心中ごっこがあとに引けなくなって現実になるケースは類例がたくさん報告されていますよね。太宰治なんてよく知られた例だと思います。
分岐はやはり、その手の脅しを決して使わないことだと思います。
脅しを使わなくても円満な家庭を作り、コストを支払って(気配りとか、ちょっとした手間だとかを惜しまず)維持することなんだろうなあー。
誰かがちゃんとやるだろうと甘えて原発事故を起こした会社もありました。多重のフェイル・セーフがお互いになあなあで手抜きしていた最悪の会社でしたよね。
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