まとめサイトさん、ありがとう。
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能力の低い人ほど自信満々? 「ダニング=クルーガー効果」に要注意!
アメリカの人気トーク番組『ジミー・キンメル・ライブ』に、「ライ・ウィットネス・ニュース(うそのニュースによる人々の反応)」
というコーナーがある。これは、道行く人にでっちあげのうそニュースに関する感想を求め、その回答を面白がるというコーナーだ。
例えば2014年に、ハリウッド版『GODZILLA』の公開にあわせて行われたもの。「『GODZILLA』は、1954年に東京で実際に起こった
巨大トカゲの襲撃に基づいており、その惨事で10万人もの人が亡くなっているにもかかわらず、ハリウッドがそれを娯楽映画化
することについてどう思うか?」という質問を、ハリウッド大通りを歩く人たちに投げかけた。
さすがに、このうそにだまされる人はそう多くなかった。しかし、それが事実であると思い込んだ一部の人たちは、「ハリウッドは
そんなふうに人の死や悲しみを商品化するべきではない」、「東京の人々、遺族に対して失礼であり、申し訳ない」と真剣な
面持ちで答え、視聴者の笑いを誘っていた。
人はこういうとき、自分の無知を隠そうとしておしゃべりになったり、単に「知らない」と答えるのは
つまらないと思ってサービス精神を発揮したりするという。しかし、中には本当にそれについて
何か知っているかのように、やたら自信ありげに"うその事象"について語る人がいる。
ダニングとクルーガーは、ある特定のスキルに関して、能力のない人は「自らのスキルの欠如」、「他者の本物のスキル」、
「自らのスキル不足の程度」が認識できないと主張した。これはある意味当然のことともいえる。例をあげると、自分が
文法をどの程度知っているかを認識するには、その文法に精通している必要がある。だが、能力のない人にはそもそも
それができないので、自分の能力も客観的に判断できないのだ。
しかし、この現象で興味深いのは、能力がないことによって、人はうろたえたり困惑したりするのではなく、
むしろ不相応なほどの自信に満ちあふれていることだという。
続きはソースで
http://news.mynavi.jp/articles/2015/05/20/kara022/
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(超耳)
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4877453.htmlより。
コメント欄があんまりおもしろくないのですけれど、一部メモします。
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48. 名も無き哲学者 2015年05月23日 01:15 ID:NsdREhUs0
相関関係を認めることは可能だが
因果関係を認めることは不可能な
典型的なステマでした
ちゃんちゃん
50. 名も無き哲学者 2015年05月23日 01:19 ID:.NITSIoG0
アホな奴ほど他人を見下す傾向はあるな
大概の場合そういう人を見下す奴って「自分の言葉」では喋らないんだ
どこぞでよく聞く台詞的な正論じみた事しか言わない、考えない
たまに自分で考えたであろう案なりを口に出すと
見当違いのよく分からんこと言ってたり
正直意味分からん
52. 名も無き哲学者 2015年05月23日 01:20 ID:kE94C1Z.0
中身のない虚勢は、無意識な自己防衛なのかもしれんね
客観的には立場がわかってなくても何かしら不利なことを
感じ取っての、現状でできる精一杯の反応だったり
別に勝ち負けじゃないんだけど
53. 名も無き哲学者 2015年05月23日 01:21 ID:pnBBH1An0
>>本文73の方が述べたことは真理だと思う。
営業に限らず、自分からガンガン行動して、お客さんや仕事を新規獲得しなきゃお話にならない職業(経営者、士業、その他自営業)は、とにかく行動力が大切。
マーケティング云々、市場調査云々と理論を振りかざしたり、リスク云々考える人は、最初の一歩がなかなか踏み出せないから、なかなか成果を出すことができない。
意外と高学歴な人は、頭の回転が速いがゆえに、色んなリスクがチラついて、さっと行動に移すことができない人が少なくない。
高学歴の人は、ルーティン・ワークは本当に優秀にこなすけど、自ら道を切り開く必要がある局面においては、受験勉強で優秀だった人は意外と成果を残せなかったりする。
そういう意味で、「とにかくやってみよう」という気になって、行動できる人が重宝する職種、局面があることは確か。
63. 名も無き哲学者 2015年05月23日 01:53 ID:gkvZzGVJ0
記事読むと、別に頭が良い人は自己評価が低いと言ってる訳ではないんだね。
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(超耳)
うーん、抜粋したコメント欄でも一番上の※48の人はいい指摘をしていると思うのですけれど。もちろん※50、52の人にも賛成です。全くその通りだと思います。
全体的には「よくも本当のことを言って自分に恥をかかせてくれたな」という思いが透けて見える感じでした。
そして※53の人にダマされないようにしたいですよね、とも言っておきたい気がします。
>高学歴の人は、ルーティン・ワークは本当に優秀にこなすけど、自ら道を切り開く必要がある局面においては、受験勉強で優秀だった人は意外と成果を残せなかったりする。
コロンブスの愚を礼賛するようなことを言っていますよ。
新大陸がなければ海の藻屑と消えるほかなかったかもしれないクリストファー・コロンブスは、はたして正しい人生を選択したと言えるんでしょうか? しかも自分はインドに到達したのだと生きているあいだずっと信じこみ、そのまま死んだこと、望ましいと思えるのでしょうか?
まっぴら御免のぷうなんですけど。
淡水魚の中には飛び出しをして死ぬ個体がたくさんいます。酸素量が減ってくると飛び出しをしちゃうんだそうですよ。干上がりつつある水たまりから飛び出しをすれば、何百、何千、何万の死の中に、偶然の生がありうるかららしいです。かつてそうやって飛び出した子孫の一匹なのでしょうけれど、私たちだって。
だから私たちにも飛び出し本能は備わっています。
でもそれって優れているという評価を与えるべきことなの?
>自ら道を切り開く必要がある局面においては、受験勉強で優秀だった人は意外と成果を残せなかったりする。
無謀過ぎる飛び出しをしない、ということがダメなことのように語られているなあ、と感じます。
いよいよダメとなったら受験勉強で優秀だった人とかいうカテゴリの人たち(なんと悪意を感じるカテゴライズでしょう!)だって飛び出すでしょうにね。無謀な飛び出しをしたダメ個体の中にもただ幸運だという理由で成功するのがいるということ、何もおかしくないし、それによってダメ個体がダメ個体でなくなることなんてないと思うんですけれど。
クリストファー・コロンブスが私の中では永久にダメな人で見習いたくない人生の代表格であるのと同じで。
とは申せ、当時の科学技術ではコロンブスが知り得た以上のことをあらかじめ知る手段はなかったと思います。いくらノルマン人たちがすでに新大陸に到達済みだとしてもその情報を得ることができるかといえば無理だったでしょうしね。コロンブスが無知であったことは彼の責任じゃないのです。でも、それでもやっぱり彼は間違ってしまったのです。ちっとも正しくない選択をして、偶然の結果だけで歴史に名前を残したある種哀れな人なのだと私は思うのです。
さぞ自信家だったことでしょう、コロンブス。
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