mixiユーザー(id:157948)

2015年04月09日22:23

624 view

ボタンを押すと他の階の人が待たずにすみますよ、川北さん。

 まともな話だったらよかったのになあ。
 『閉』ボタンを押さないことですごく得をするとか他人に幸福を与えるとかそういう話が少しでもあったら読む価値があったのですけれど。

> たしかに「閉」ボタンを押して少しばかり時間を短縮することができます。しかし川北さんは、そうした"時短効果"では大したものは得られず、むしろストレスが増えるのではないかと指摘します。

>「早く目的地に着きたいのなら、十分時間の余裕を見て出かければいい。私はいつも約束の時間より十五分か、ときには三十分くらい余裕を見て出かける。そして、途中を急がない」(同書より)

 ご自分の時間をムダにする自慢をしているうちは無害なんですけれど。
 こうやって他人に言うようになるとまずいですよね。
 「少しばかり遅刻してもいい」
 を否定できないでしょう、川北さんは。

 ボタンを押すと他の階の人が待たずにすむのだから、ちょっとの手間を惜しまずに押したらいかがでしょう?
 自分がストレスを溜めたくないという理由で押さないのはみみっちくないですか? ボタンを押さないでいることで得られるストレスフリーは他の階の人を待たせる価値のあるものですか?
 たぶん川北さんはたったそれっぽっちのことを考えたことがないんでしょうね。またそうやって見えない誰かのためになるからという理由で行動したことが一度もないんでしょうね。想像もできないというのはものすごい低能・無能だと思いますよ。

◆

エレベーターの『閉』ボタンを押す人は生きるのが下手?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=90&from=diary&id=3362369

 あなたはビルのエレベーターに乗った時、すぐに「閉」のボタンを押しますか? それとも、「閉」は押さずに、自然と閉まるのを待っていますか? どこにでもあるエレベーターの「閉」ボタンですが、これを押すか押さないかでは、随分と生き方に違いがあるようです。

 出版プロデューサーとして活躍し、生活経済評論家として新聞、雑誌などで執筆を行う川北義則さんは、自著『「いい加減」なのに、毎日トクしている人「いい人」なのに毎日ソンしている人』の中で、「生きるのが上手な人は、エレベーターの『閉』ボタンを押さない、生きるのが下手な人は、エレベーターの『閉』ボタンをすぐに押す」と指摘しています。

 たしかに「閉」ボタンを押して少しばかり時間を短縮することができます。しかし川北さんは、そうした"時短効果"では大したものは得られず、むしろストレスが増えるのではないかと指摘します。

「早く目的地に着きたいのなら、十分時間の余裕を見て出かければいい。私はいつも約束の時間より十五分か、ときには三十分くらい余裕を見て出かける。そして、途中を急がない」(同書より)

 川北さんは、高速道路を例えに、道中を急いでもそれほど得がないということを説きます。

「高速道路を走ってみればよくわかる。高速道路を走っていると、後ろからビュンビュン飛ばして追い抜いていく車がある。だが、次の料金所に近づくと、ずいぶん前に追い抜いていった車がすぐ前方に見えることがある。10台や20台の車を追い抜いても、目的地に着く頃にはほとんど差はないのだ。それに車をぶっ飛ばせば、事故の危険は格段に高まる。そんなリスクを負うだけの事情のあるときなどめったにないはずだ」(同書より)

 それほど差がないにも関わらず急いでいる車と、それほどの差がないことを知っていて急がない車。余裕のない前者は、事故の可能性を高めており危険です。目的地に急いで行きたい場合は、道中を急ぐのではなく、出発時間を早めたいもの。

 エレベーターでも、「開」や「閉」のボタンを必死になって連打して、一体どれほどの時間が確保できているのでしょう。逆に、すぐに扉が閉じないことにイライラし、閉じる直前に「開」が押されて新たに人が入ってきてイライラ......。ほんの僅かな時間を確保するために、自身はストレスをため込み、他の利用者にも嫌な思いをさせてしまう。確かに生き方下手と言えるのかもしれません。

「都会には都会の過ごし方がある。だが、心の余裕を持ちたかったら、できるだけ、エレベーターの開閉ボタンを押さないようにしてみたらどうか。エレベーターは黙って乗れば自然にドアは開いたり、閉まったりする。せめてそれを待つくらいの余裕のある都会人でありたい。実際にそれを実行するだけで心にゆとりが出てくるはずだ」(同書より)

 今まで、当然のようにエレベーターの「閉」ボタンを押していた人。これから乗るエレベーターは、「閉」ボタンを押さずに、心によとりを持って、少しだけ待ってみてはいかがでしょうか。



『「いい加減」なのに毎日トクしている人 「いい人」なのに毎日ソンしている人』
著者:川北 義則
出版社:PHP研究所


◆

(超耳)

 んー、やっぱり例の挙げ方もダメな人だなあ。

>10台や20台の車を追い抜いても、目的地に着く頃にはほとんど差はないのだ。それに車をぶっ飛ばせば、事故の危険は格段に高まる。そんなリスクを負うだけの事情のあるときなどめったにないはずだ

 事情があるという前提が間違っているから、結論もダメなんですよ、川北さんは。
 追い抜くのが楽しい人が追い抜きをしているだけでしょう? 急いでいる人が追い越しをしているのじゃないわけですよ。クルマの形を見ればわかるでしょう? 他人を追い抜くというわかりやすい快感のためにお金も出して命のリスクも差し出すのだ、という人がやっているわけです。料金所で止まるのはどうでもいいんでしょうよ。
 クルマで追い抜くことでしか「他人より自分が優れている」という実感を持てない人は、そういうことをしそうですよね。

 時間短縮しようとして失敗している例という取り上げ方ならまだ理解できなくもないんですけれど。時間短縮に価値がないという論旨にはそぐわないですよね。

 > たしかに「閉」ボタンを押して少しばかり時間を短縮することができます。しかし川北さんは、そうした"時短効果"では大したものは得られず、むしろストレスが増えるのではないかと指摘します。

 自分一人だけが気持ちよくなること程度の小さな幸福しか見えていない人にはそう見えるんでしょうね。
 他人を待たせるとちょっとだけ迷惑です。その自己認識があるなら、ボタンをいつでも押すことでしょう。
 市井のほとんど誰しもが(無意識で)やっていることが川北さんには一度も体験として訪れたことがないことなんだなあ。すごいや。

 「ちょっとくらいなんでもない」式の詭弁も飽き飽きです。
 川北さんは毎日ちょっとずつ食べ過ぎたり飲み過ぎたりしてみては?
 文字通りの命取りになると思います。
 ストレスだと感じずにごく自然にボタンを押し、食べ過ぎもせず飲み過ぎもせずに生きられる自分を作りたいなあと私などは思うのです。川北さんとは違って。

>「生きるのが上手な人は、エレベーターの『閉』ボタンを押さない、生きるのが下手な人は、エレベーターの『閉』ボタンをすぐに押す」と指摘しています。

 川北流の「生きるのが上手な人」にはなりたくないなあー。
 他人に迷惑がかからない範囲でならいくらでも怠惰にストレスフリーを目指してボタンを押す労力だって惜しむといいと思いますよ。

2 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2015年04月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

過去の日記

2026年
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年