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2015年04月07日06:50

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そりゃそうだろうな…

脱線事故 3社長無罪不服と上告
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3358259

現場のカーブでの事故は予見できたか?予見できてりゃ対策してるよ。そもそもR300(半径300メートル)カーブが問題なら山陽本線なんかどうなる?いたるところにR300カーブが存在する。

何故山陽本線は曲がりくねっているのか?それは建設当時の技術水準によるものだ。というか山陽本線はもともと明治期民営の山陽鉄道として発足したもの。当時の動力車は今の電気車輛ではなくSL。だから当時の社長はミスターワンハンドレッドと揶揄されていた。

これは勾配(坂道)の高低差を1%(鉄道界では千分率‰=パーミリ=で表しこの勾配だと10‰となる。水平距離1000メートル=1キロ=に対しての高低差のメートル値がそのまま使えるから)に抑えることに腐心したから。そして曲線半径も300メートル以上としたのだ。

どうしてそうなったのか?それは当時の非力なSLに合わせたから。あまりにキツイ坂では重い列車を引っ張って登る事が難しくなるので坂は出来るだけ緩くした。半径300メートルだと制限速度は時速60〜75キロ程度になるがこれも当時のSLの性能なら殆ど制限なしも同然だったのだ。

然し近代動力車(電気車・内燃車)の時代になってくると皮肉にも其れが足枷になってしまった。加速性能・高速性能が格段にアップし牽引力も強い近代動力車には多少の坂道は然程の負担じゃない。一方カーブは半径が小さければ小さいほど通過速度が低く制限される。直線区間で飛ばしてきてもカーブに差し掛かると減速せざるを得ないとなるとスピードアップを阻んでしまう。

では線路を敷き直せばいい?それが簡単にできるなら苦労はしない。否、線路を敷き直すだけなら大した困難じゃない。では何が大変なのか?土地の収用だ。

仮にも鉄道が通るなら沿線は人口も多く線路際まで土地が様々に活用されているし権利関係もややこしい。線路敷くから立ち退いてと言ってはいそうですかわかりました引越しますと簡単に言ってもらえはしない。調整には莫大な費用と時間を要する。ならば車輛の改良の方がまだ容易だ。それで生まれたのが振り子車輛。2輪車のバンク宜しくカーブでは車体をより内側に傾けて遠心力を打消し高速走行する。ただ山陽本線にはこれは導入されなかった。というのも振り子車輛が完成する以前に山陽新幹線の建設が始まっていたから。

さて、話をJR宝塚線こと福知山線に戻そう。今でこそ複線電化され尼崎付近、少なくとも宝塚までは都市近郊鉄道の姿をしているが、国鉄時代はその末期まで単線非電化、大都市近郊の鉄道らしからぬ、地方ローカル線の様相を呈していたのだ。昭和40年代後半までSLが残っていた程だ。

SLは勿論、国鉄時代の電車やディーゼルカーならおそらくこの事故は起きなかった否起き得なかった。何故ならそれらの車輛ならここで「フルスロットル加速」を行っても脱線してしまう限界速度に達しなかったから。

事故に遭遇した車種はJRになってから登場した車輛で性能は飛躍的に向上している。然し同系車は他線区にも多く導入されているしそれらの路線にも直線からいきなり半径300メートルのカーブに入る所はいっぱいあるが支障なく運用されている。

本件にあたって歴代社長に事故の予見を求めるのは酷であろうと愚考するがでは法人としてこの鉄道事業者がノットギルティか?となるとそうとも言い辛い側面はある。

事故の第一次的要因は当該列車動力者乗務員の人為的ミスだとしても、ではなぜ彼がそのような重大な過失に至ったのか?

少なくとも先日フランスで起こったドイツLCCの墜落事故の様に、当該列車の運転士が自殺を図ったわけではない(もっともあの墜落事故も本当に自殺なのか?となると多少の疑問点もないではないが門外漢にはそれ以上の追跡は無理だ)。

列車ダイヤは過密とまでは行かないまでも余裕時間はなかった。駆け込み乗車1件あるだけで回復困難になってしまうギリギリ状態でありながら遅延に対する厳しいペナルティとなれば、プレッシャーで萎縮してしまったとしても不思議じゃない。

また被災した車輛自体も必ずしも調子が良いとは言い難かったと聞く。事故前にオーバーランをしていたということは、ブレーキの性能や応答性に何らかの瑕疵があったのかも知れないではないか(事故の衝撃で大破した車両を検証するのは難しかろうが…)?

そして、尼崎に近い区間ならホームのかさ上げもされていようが、都心から離れた駅ではホームと車輛の床面に大きな段差のある駅が残っていなかったか?そういう駅で高齢者・妊産婦・幼児連れの乗客がいたらそれだけでも乗降に手間取る。遅延の遠因になり得る。

各現場で底に潜むそういった危険因子を見逃していたことの責任は誰に帰するのか?これもしかし個人に問うのは難しかろう。

あくまで法人としての責任に帰するのが妥当だと思うが現行法では法人を罰することは出来ないのかな?

乗客乗員合わせて107人もの尊い命が一瞬にして失われたあの悲劇、決して軽々しく扱えるものではない(戦後の混乱期とも言える1951/昭和26年に起きた桜木町事故=電車火災=の犠牲者数が106人を上回ってしまったがこんな記録更新は悲し過ぎる)し、ご遺族の悲しみ、負傷者の苦しみを思うと胸が痛いが、仮に歴代社長に罪があったとしてでは彼らを13階段の上で吊るしたとして犠牲者は帰ってこない。果たして犠牲者は浮かばれるのか?遺族の悲しみは晴れるのか?
断言する「否」であると。

あの事故から間もなく10年目。事故の無い安全な鉄道であり続けること。それしかあの日不幸にも非業の最期を遂げた人々への慰霊供養鎮魂の術はない。

末筆になったが改めてあの日犠牲となった方々へ謹んで哀悼の意を表しお悔やみとさせていただく。






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