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2015年01月12日11:54

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『坂の上の雲』と『戦争と人間』−明治期と昭和期の日本軍人の�猜�を知る�瓩海箸琉磴�

■米「謝罪が重要な区切り」 戦後70年の首相談話に見解
(朝日新聞デジタル - 01月06日 12:16)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3213664

昨夜、『週刊BS-TBS報道部「戦後70年特別対談 戦争の事実をどう調べてきたのか、記憶をどう伝えていくのか」』という報道番組を見た。昭和史研究の第一人者である保坂正康氏と半藤一利氏の対談形式で進められた番組である。

その中で�猯鮖暴だ擬腟銑瓩筬牋岼舵慳簑雖瓩砲弔い討癲�語られていた。

�牋岼舵慳簑雖瓩砲弔い討蓮�半藤一利氏がこんな注目すべき発言をしていた。それは、日露戦争のときであった。「慰安婦」を扱う業者が慰安婦とされる女性たちを連れて、当時の日本陸軍第三軍参謀であった津野田是重に会いに行った。すると津野田はその業者に「何を馬鹿なことを言っているんだ。帰れ!」と業者を怒鳴りつけ、追い返したという。それに対して日本軍が「慰安婦制度」を設立するようになったのは、半藤氏によれば、満洲事件の後の上海事件があったころではないかという。

つまり日露戦争を戦っていた頃の日本軍人には、軍人としてわきまえていた。ところが満洲事件以降の日本軍人には、明治期の軍人がもっていた�犒蛙佑箸靴栃�を知る�瓩箸いΔ海箸�なくなっていたのではないかと話しておられた。

また保坂正康氏は、�牋岼舵慳簑雖瓩箸呂泙気靴��狎鐐茲叛��瓩量簑蠅任△蝓∪�という問題は�狎�病という病気�瓩量簑蠅膨招襪垢襪世韻法�軍部としても何らかの�犂浜�・統制�瓩鬚靴覆韻譴个覆蕕覆ぁ�そう考えると、�牋岼舵慳簑雖瓩�象徴する�狎鐐茲叛��瓩箸いμ簑蠅蓮↓狎鐐茲箸浪燭��甅犢餡箸箸浪燭��瓩箸いμ簑蠅泙任鯡笋つ召后�非常に重たい問題であると語られていた。ちなみに保坂正康氏は、「朝日新聞社の慰安婦報道について検証する第三者委員会」の委員の一人であった。

さらに、�猯鮖暴だ擬腟銑瓩砲弔い討癲∪里肋硝楡仰イ砲擦茵∋頁藁紡析困砲擦茵�一つのテーマについて書くときは、膨大な資料を集め、それらに目を通したうえで、その歴史的事件について�犖‐抬瓩鬚靴燭Δ┐念譴弔両�説を書いた。松本精著が二二六事件について書くときは、集めた資料だけで、上・中・下の三冊本として出版されるほどであり、それとは別に松本清張の二二六事件に関する書籍が出版される。司馬遼太郎に至っては、神田神保町からそのテーマに関する書籍が一切なくなってしまうというほどの資料集め、そしてそれらの資料による�犖‐攤邏鉢瓩両紊吠�語が書かれていった。

ところが最近の書籍は、まず著者が自分の言いたいこと、主張したいことを決めて、それに都合のいい資料だけを二、三点、集めてそれでものを書く。そのようにして書かれた�猯鮖暴だ擬腟銑疆�な色彩の濃い書籍が、�犒�韓・嫌中�瓩△襪い廊爛悒ぅ繁椨瓩箸靴峠馘垢遼榁�を飾っている。まさしく現代日本は�猯鮖暴だ擬腟前貎Л瓩謀匹蠅弔屬気譴討い覺兇�あるというような指摘もなされていた。

わたしは、半藤氏の話を聞いていて、司馬遼太郎が�爛離皀鵐魯鷸�件�瓩砲弔い峠颪海Δ箸靴萄埜紊泙能颪韻覆�った理由がそこにあったように思えてならない。敗戦のとき、「日本人はなんと愚かな戦争を行っていたのか。昔の日本人はこんなおろか者ではなかったはずだ」という思いから司馬は小説を書き始めた。だから司馬の小説に登場する登場人物は�猗�しい日本人�瓩覆里任△襦�だから秋山好古、秋山真之の兄弟と正岡子規を主人公として明治維新後から日露戦争終結までを『坂の上の雲』という大河歴史小説を書くことができた。そこには日本人としての�猗�しさ�瓩鮓�出すことができたからだ。しかしノモンハン事件に関係した人物の中に司馬は�狷�本人の美しさ�瓩鬚發辰真擁�を見つけだすことができなかった。だから司馬は�爛離皀鵐魯鷸�件�瓩鯊蟶爐砲靴疹�説を書けなかったのだと思えた。

最後に保坂正康氏と半藤一利氏は、現行の「日本国憲法」を制定より100年持たせようとする委員会を作ろうと話し合っていると語っていた。特に現行憲法第九条は制定より100年は現行のままで維持したいといわれていたところに、真に歴史に向き合う者の�猯豹喚瓩箸いΔ茲Δ覆發里魘�く感じたのである。

わたしは昨年の夏、NHK大河ドラマスペシャル『坂の上の雲』と五味川純平の同名大河小説『戦争と人間』の映画とを当時に見ることができた。そこには�狷韻呼�本で起こっていたこと�瓩箸賄�底信じられない光景が描かれていた。司馬遼太郎も「日露戦争以後の日本は、まるで日本ではない、異国の国のようになってしまった」と何かで語っていたことを思い出すのだが、その原因の一つが、勝利ではない日露戦争を�狆〕�した�瓩汎�本国民に伝え、それが軍部にもそのように思うに至ったことにある。さらに軍部が肥大化し官僚化していったことなどがあげられる。

今年は戦後70年。天皇陛下が新年にあたっての感想の中で、

「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています。」

と、語られていることに、わたしたち日本国民は耳を傾けるべきではないだろうか。


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