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2015年01月06日06:52

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新年会

(3488)今朝の岡崎は、どんよりと曇っています。
今日は、この後、雨が降りだす予報です。

昨日は1月5日月曜日。
仕事始めの日から新年会でした。

◆05:00 起床

◆05:10 測定
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◆1月5日朝 測定
  ()は前日(1/4朝)との比較

◆体重:75.7kg (+0.4kg)
◆体脂肪率:22.7% (-0.4%)
◆体脂肪量:17.18kg (-0.21kg)
◆BMI: 25.4 (+0.1)
◆内臓脂肪指数: 11 (±0)
◆基礎代謝: 1695 (+9)
◆骨格筋率:31.8% (+0.2%)
◆骨格筋量:24.07kg (+0.28kg)
◆体年齢:48 (±0)

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◆06:00 快晴 1.3度
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朝食は、いつものピザトーストとスープと牛乳、トマトとキュウリ。
◆06:56 朝食
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◆07:00【NHKニュース】葛西選手がW杯最年長表彰台
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150105/t10014432561000.html

◆07:00【日経朝刊】確定拠出年金70歳まで 働くシニア 加入延長可能に
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS12H06_U5A100C1MM8000/?dg=1

朝は、よく晴れていました。
◆07:13 朝の空
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午前中は、TV会議システム経由で、新年訓辞を聞く。

その後、豊田市内のお客様に新年挨拶。

◆12:00 快晴 10.2度
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昼食は、『フィフティーン』で、唐揚げと肉団子のあんかけ定食。
◆12:06 昼食
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午後は、刈谷市内、岡崎市内、豊橋市内のお客様に新年挨拶。

◆18:00 曇り 5.9度
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夜は職場の新年会。
最初に出てきた刺身は、一人一山。
ちょっぴり寂しい。
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メインは、もつ鍋。
これで、3日連続のもつ鍋。
この山盛りの具材が、火が入ると平坦になってしまったから不思議。
これは、結構美味しかった。
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◆19:00【NHKニュース】列島始動 気持ち新たに
http://jcc.jp/news/9127913/

◆19:00【日経夕刊】「成長戦略進める」「改革の1年に」 仕事始め 企業トップ決意
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ05H5U_V00C15A1MM0000/

◆23:49 測定
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◆1月5日夜 測定
  ()は前日(1/4夜)との比較

◆体重:76.1kg (-0.9kg)
◆体脂肪率:20.8% (-1.0%)
◆体脂肪量:15.83kg (-0.96kg)
◆BMI: 25.6 (-0.3)
◆内臓脂肪指数: 11 (±0)
◆基礎代謝: 1715 (-8)
◆骨格筋率:32.9% (+0.4%)
◆骨格筋量:25.04kg (+0.01kg)
◆体年齢: 47 (-1)

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◆24:00 就寝

◆昨日の採点
  ・間食をしない ○
  ・ラーメンを食べない ○
  ・ビール ×
  ・適度に走る ×

◆昨日の走行距離:0km
◆1月の走行距離:48km 
◆今年の走行距離:48km 

◆昨日の最高気温:11.7度 最低気温:0.7度 雨量:0.0mm

◆天気気温の一日の変化
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◆今日の天声人語

元日に発表された天皇、皇后両陛下の歌に、平和への思いがにじむ2首があった。
天皇陛下は「来たる年が原子爆弾による被災より七十年経つを思ひて」と詞書(ことばがき)を置いて、〈爆心地の碑に白菊を供へたり忘れざらめや往(い)にし彼(か)の日を〉と詠まれた。

皇后さまは〈我もまた近き齢(よはひ)にありしかば沁(し)みて悲しく対馬丸(つしままる)思ふ〉。
対馬丸は、沖縄から本土へ向かった学童疎開船。
米潜水艦に撃沈されて約1500人が犠牲になった。
お二人は去年、被爆地と沖縄を訪ねて供花をされている。

その被爆地と沖縄から、戦争の語り部二人の訃報(ふほう)である。
長崎の片岡ツヨさんは93歳、沖縄の宮城喜久子さんは86歳。
ともに、おとといの紙面で伝えられた。
片岡さんは原爆に親族13人を奪われ、自分も全身に大やけどを負った。

顔に残るケロイドに、人の視線が突き刺さるのがつらかったという。
自殺さえ考えた絶望をのりこえて、体験を語ってきた。
片や宮城さんは、看護要員として戦場に送られた「ひめゆり学徒隊」の生存者の一人だった。

二人とも、忘れたくて幾度も砕き捨てようとした記憶であったろう。
かつて取材した宮城さんは、語り継ぐことを「次世代への責任です」と話していた。
片岡さんがたどりついたのは、「自分を平和の道具として使ってほしい」という境地だったそうだ。

戦後70年、歳月をこえて聞こえる戦争体験者の直(じか)の声はますます細くなる。
「忘れざらめや往にし彼の日を」。
両陛下の思いを、戦後世代こそ分かち持ちたい。

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