昨日は非公開文化財の特別公開に行ってきました。
今回初めての公開なのですが、ここはうちの墓があるお寺になります。拝観料は800円と高いものの、今回は檀家としての招待券を貰ってたのでタダです。
http://www.asahi.com/travel/kobunka2012/topix/OSK201209280051.html
ここで有名なのは鳴虎図で、入口の寺名の前にも書かれています。明の時代の中国のもので、後柏原天皇に下賜されたものになります。その昔、秀吉がこの寺を訪れた際に気に入り聚楽第へ持ち帰りました。でも、毎夜虎の鳴く声が聞こえ、一睡も出来ずに寺に返したとの逸話が残っています。絵自体の保存状態は良く、毛の一本一本まで書かれている緻密さです。ちなみに、この絵は寅年の正月三が日にしか公開しておらず、おいらは前回の時墓参りついでにも見せて貰っています。
門前には小川に掛かる橋があり、慶長7年の擬宝珠が残っています。三条大橋より古いそうな。現在川は無くなり橋だけが残っているのですが、小川通として名前だけが残っています。
本堂への入口横には仁王像があり、快慶作と言われていますがおいらの小さい頃から結構放置状態です。

今回の目玉は厨子入千躰地蔵菩薩像です。住職の大橋さんも2回しか見たことがないそうな。これは持仏のようでかなりの小さく、横10cm高さ15cmちょっとくらいでしょうか。ここに3cmくらいの中尊像を中心に下の左右に閻魔大王と冥官、周りに5mm程の地蔵菩薩が千体弱並んでいます。近くで見ると一つ一つ精巧に作られていて、相当の手間が掛かっているように見えます。現在重要文化財として国立博物館に預けられており、ルーブル美術館を始めヨーロッパの美術館をまわったこともあるようです。
今回初めて知った本堂の鬼瓦。桐の紋に蛇が3匹と珍しいものです。
墓の横にある撞かずの鐘。これも藤原期の重要文化財ですが、人が亡くなっているいわくつきです。織屋の丁稚と織子が鐘の数で賭けになり、丁稚が寺男に頼んで回数を変えてさせ、負けた織子が悔しくて鐘楼で自殺したという悲しい言い伝えです。それ以来撞かないようになったのですが、除夜の鐘は普通に撞けるのでおいらも撞いたことがあります。
この寺にこんなに多くの人が来てるのを初めてみたのですが、この他にも寺内には多くの寺宝があるようです。法事の時にも普通に触れらるような所にもあったのですが、ほとんど見てなかったのは勿体無かったですね。
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