結合双生児として誕生した「べトちゃん、ドクちゃん」の弟が父親になるという。
現在満28歳。
兄の方は既に死去している。
日本において結合双生児は枯葉剤の影響で誕生したことになっているが
ヒトに対してのダイオキシンの影響は未確認である。
またアメリカ政府は枯葉剤が奇形児出生に影響を及ぼしたことについて
認めていないためベトナム政府の要求する補償に応じていない。
1985年日本で「べトちゃん、ドクちゃん」を支援する運動が起き
その3年後日本の医師団によってホーチミン市のトゥー・ヨー病院にて分離手術が行われた。
ドクの母親は出産後まもなく失踪してしまったので
詳しい事情は知られていない。
そしてドクは生後1年で東ドイツ友好病院に移送された。
そこでドクと命名されたのである。
ドクはドイツの意味だからだ。
私はベトナムに住んでいた頃、
友人たちに「ドクの手術を行った医師は何人か知っているか?」と訊ねてみた。
皆「ドイツ人の医師でしょう?」と言った。
あれほど支援したのにほとんど宣伝効果はなかったのだ。
またドクが小学生の頃、日本のマスコミが彼にインタビューをしたのだが
将来の夢についての質問には「アメリカに行きたい」と答えていた。
ドクは結婚した時も日本の支援者たちの招きで来日している。
その際200万円を受け取っている。
ベトナムでは大変な金額である。
現在、彼は手術を受けた病院で勤務している。
そして日本から「ボランティア・ツアー」でやって来る人たちの対応を任されている。
ベトナムは観光資源に乏しいため「ボランティア・ツアー」で儲ける旅行会社も存在する。
結合双生児出生が枯葉剤の影響であるのかどうか、未だ確認が出来ていない。
影響がないことを証明することは不可能に近い。
影響があることを証明出来ないのであれば
法的には影響がない、と解釈されるのが必然だ。
1975年4月30日ベトナム戦争は決着した。
北ベトナムが停戦協定を破り、南ベトナムを併合したのがベトナム戦争終結である。
客観的に見れば南ベトナムの首都サイゴンは「陥落」したのである。
北ベトナム政府はサイゴンを米帝から「解放」したと主張した。
だが南ベトナム国民にとってそれは「解放」ではなかった。
イデオロギーによって言葉は変わるものなのである。
そしてイデオロギーによって指導者は英雄にもなるし道化にもなる。
障害者を政治利用するのは
神への冒涜に等しい。
医師はイデオロギーと無縁でなければならない。
道を誤ると医師は医師でなくなりただの道化師になる。
利用しているつもりが、
実は自分自身が利用されていることに気が付くのはいつのことだろうか?
ドクさん来年1月双子のパパに
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=893409&media_id=4
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