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2026年01月13日13:55

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全国的には「ザ・ベストテンとNステ」、関東の視点からは「TBSラジオの一時代を築いた一人」だった。

久米宏さん死去、81歳 「ニュースステーション」で報道番組に革命 「ザ・ベストテン」司会も
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=8629976
TBS出身のフリーアナウンサーで、「ザ・ベストテン」や「ニュースステーション」で知られる久米宏、亡くなる、ですか。今月1日、つまり令和8年の元日に肺癌で死去したとのことで、成人の日の連休明けの今日(13日)、所属事務所のオフィス・トゥー・ワンが公式サイトを更新して発表したとか。
昭和19年の埼玉県生まれで、早稲田大学政経学部を卒業して昭和42年にTBSに入社、主にラジオ番組を中心に活躍、その軽妙洒脱でユーモアのある語り口、そしてスピーディーな番組進行などで人気を集め、林美雄(1943〜2002)、小島一慶(1944〜2020)、宮内鎮雄(1945〜2022)等とともにTBSラジオの一時代を築いた人で、特に久米宏、林美雄、小島一慶はその当時のTBSラジオの深夜番組の「三羽烏」と言われ、ラジオ局としてのTBSを支える存在でした。
そんな中で、アナウンサーとしての地歩を固めたのは昭和45年から放送された永六輔MCの「土曜ワイドラジオTOKYO」で、番組冒頭である団地の特定の1棟を選び、その中で何世帯が聴いているのかを調べる聴取率調査やを関東地方各地から突撃取材してレポートする「久米宏のなんでも中継!!」、この番組かは失念しましたが、「女性行動科学研究所」なる架空の団体のメンバーに扮して様々な行動についてのリサーチをするという企画もやっていたと記憶します。
「土曜ワイドラジオTOKYO」はMCが何度も代わり、久米宏自身もMCを務めたようで、こういった番組での経験と人気が買われ、テレビに進出したのが昭和50年から放送が開始された「ぴったしカンカン」であり、更には昭和53年開始で「土曜ワイドラジオTOKYO」のレギュラー出演者同士だった黒柳徹子とのダブルMCの歌謡番組「ザ・ベストテン」で、テレビ司会者としての存在感、そして、全国的な知名度を確立したと思います。この間、久米宏は昭和54年にフリーとなり、「ぴったしカンカン」は昭和59年まで続き、黒柳徹子との丁々発止のやりとりでスターや大物歌手等から本音を引き出すトークでも人気のあった「ザ・ベストテン」、更には日曜夜に横山やすしとのダブルMCで人気を博した「TVスクランブル」(日テレ)などで活躍しました。
その最中の昭和60年10月、テレ朝の「ニュースステーション」が始まり、そのキャスターとして「歯に衣着せず、舌鋒鋭く持論を展開」して独自なスタイルの「ニュースショー」を作り、巧みな進行で「テレビの報道における、新たな1つの形を示」す存在となり、平成16年3月の降板まで担当しました。「Nステ」こと「ニュースステーション」はその斬新なスタイルと22時の放送開始と言う新たな時間帯への進出も相俟って大きな話題を集めた一方、その左向きな報道内容、更には、所謂「椿発言」等で世間からの批難も少なからずあった中、その後継番組たる「報道ステーション」同様、その内容には賛否両論ある番組となりました。
椿発言を機に特定の番組以外、テレ朝を敬遠するようになり、後年の「オウムビデオ問題」でTBSに触れるのを止めたこともあり、久米宏の番組に接することはなくなりましたが、「ニュースステーション」の降板から2年半を経て、古巣のTBSラジオで「久米宏 ラジオなんですけど」が始まり、14年間放送を続けたとか。その最終回、既に鬼籍に入っていた永六輔(1933〜2016)を追悼、「1970年に永六輔さんの『土曜ワイドラジオTOKYO』に拾ってもらったことで仕事を実質的に始めてからぴったり50年。半世紀にわたって十分やりました。これでお別れっていうわけじゃありませんから、またチャンスがありましたら、いつかそのうちに、ぜひに」などと語り、以降はインターネット番組に活躍の場を移したとか。
家族と事務所からは、

久米は、最後まで“らしさ”を通したと思います。
大好きなサイダーを一気に飲んだあと、旅立ちました。
まるでニュースステーションの最終回でビールを飲みほしたあの時のように。
自由な表現者として駆け抜けた日々に悔いはなかったと思います。
常に新しいことに挑み、純粋な心で世の中の疑問を見つめる人でした。
彼は若いスタッフが大好きでした。
楽しそうに他愛もない冗談を交わし合うひと時は、かけがえのない時間だったに違いありません。
そして何よりも、多くの皆さまに向けて自分の思いを偽らずに発信できることが、彼の最大のモチベーションでした。
本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。

久米宏逝去のお知らせ
久米麗子

弊社所属久米宏は、令和8年1月1日、肺がんのため満81歳にて永眠いたしました。

ここに謹んでご報告申し上げます。

生前は、皆様より格別のご厚情とご支援を賜り、本人も深く感謝しておりました。

通夜ならびに葬儀につきましては、ご遺族のご意向により、近親者にて静かに執り行われましたことを併せてご報告申し上げます。

故人が生前に賜りましたご厚誼に対し、あらためて心より御礼申し上げますとともに、ここに謹んで哀悼の意を表します。

株式会社オフィス・トゥー・ワン

とのこと。享年81とのこと。合掌。
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