天皇誕生日は「西暦」の12月23日だが、
日本古来の暦は「旧暦」だ。
本日は12月23日ではなく11月2日のはずである。
何故「西暦」で天皇の誕生日を祝うのか?
それは現在の「新天皇制」が明治天皇即位の時に発足したもので、
江戸時代までの「旧天皇制」とは全く違うものだからだ。
伝統を継承する、というのならば、
江戸時代までの「旧天皇制」に戻さないといけないだろう。
もちろん天皇は京都に帰らなければならない。
何故、制度が変わったかといえば
長州藩が英国の後ろ盾を得て徳川幕府を打倒し、新政権を樹立したからで、
皇室を英国の王室に倣うために、改造してしまったのである。
そして政治体制の基礎も英国式に長州藩が作っている。
政治家の世襲制は長州藩が元凶だ。
司馬遼太郎のおかげで長州藩士は英雄扱いされているが
彼の物語は空想で、事実とかけ離れている。
今の有力な政治家たちのルーツを辿っていくと長州藩に行き着く。
長州出身の政治家が「勝者の歴史」を作ったため
国民は「長州藩は正義」と錯覚しているが、それは正しくない。
もし長州藩士がそんなに立派だったら
日本は一流の民主国家になっているはずだ。
政治家は国民を「仕事こそが生きがいだ」と洗脳して
休みもろくに与えず働かせるだけ働かせている。
経済では一流国家でも、政治では二流国家のままだ。
安倍首相の祖父・岸信介は満州国でのアヘン生産によって
対米戦争の戦費を捻出している。
日本が連合国相手に戦争を遂行できる根拠が
アヘン貿易による戦費獲得だったのだ。
明治維新以降、国民は長州出身の政治家に翻弄され続けているのである。
なぜ天皇誕生日を「西暦」で祝うのか、
日本人は、その理由について考えるべきだ。
天皇陛下、81歳誕生日で会見
https://www.sankei.com/article/20141223-S6G4BA6JC5I7HEQONUANZGJCLM/3/
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