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2025年11月09日07:10

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可哀想な言語体系

って中国語のことなんだけどさ。中国語って何でも意訳して漢字に変えるじゃない?(例:コンピューター=电脑=電脳=diàn nǎo)なので、英語圏の人間にComputerと言われてもわからない。日本語話者だとコンピューターと入ってるので多分わかる。これが全ての領域に及んでるので日本だと外来語で普通に使われる言葉もぜ〜んぶ意訳漢字になってるので全然わからない。これは外国語を習う上ですっごいハンディではないのか?とアッパラパーの中国人男子を見てて思うのよ。

最初にこれは!?と思ったのはParecerの練習(https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1990998660&owner_id=25773567)でクラスメートの服装を描写するエクササイズがあったのよ。で、アタシと中国人がチームなんだけど、フランス人の女の子のセーターがカーデガンでボタン付き、という描写で。勿論、カーデガン(スペイン語でcárdigan)やボタン(スペイン語でbotón)と日本語=英語=スペイン語、すっごく似てるので日本人には問題なくスッと頭に入ってくる単語だと思う。それが、中国人、カーデガンは开襟衫(Kāi jīn shān)だしボタンは纽扣(niǔkòu)なので一々調べないとわからない。しかもアタシがbotónよ、と言ったら逆サーチというか翻訳で按钮(Ànniǔ)が出たので違うと言い出し。結局、按钮はロケットの発射「ボタン」のようなボタンの意味でつかわれる、ボタンには発射ボタンの意味もあれば、服のボタンの意味もあるのよ、と説明しても意訳世界では発射ボタンと服のボタンが同じ単語であるわけがないので納得がいかない様子。いやさ、2ヶ国語間で単語の翻訳、1対1の対応もあれば、1対多もあるし、多対1の場合もあるので、意訳世界でそれぞれが違う漢字をあてがわれてる言語から見ると、多(中国語)⇒1つの単語になるのを理解するのが難しいみたいね?でも外国語を習うというのはそういうことだからねぇ。これを乗り越えないと外国語はマスターできないわよねぇ、と思うしかないわよね。

で、その時の筆談でもアタシが纽の字を紐と書いたら違うと言い出してさ。似てるけど、纽は糸へんの糸の下が一本の横線でアタシの書いた紐のへんは日本人の書く糸、縦線の両側に点というか短い線が二つ。あー、アンタこは国が字を簡単にしたからこうなったのよ。でも昔はこう書いてたのよ、と言っても「違う」としか言わないしさ(ほぼ会話は単語の羅列)。しかも他の糸へんの漢字、经济とか書きだして、经も糸の下が横線一本なので、「この言葉、東アジアには単語が無かったから19世紀後半に日本人が翻訳して作り出した言葉が中国に輸入されたのよ。元は経済と書くのよ、だからアンタらが勝手に簡体化して经にしても元は経だったの」と言ってもわかってない感じだし、納得してない感じ。ちょっと前に韓国でも中国でも文字簡単化が行われたので(韓国では漢字なしでハングルだけ、中国は繫体字から簡体字への転換)若い人間は100年前の自国の文書を読めないので文化の断絶が起こってしまった、というYouTubeを見たばっかりだったので、知的好奇心のない若い世代の人間との会話の難しさを感じたわ。日本人の教育受けた層は300年前の文書は読めなくっても、福沢諭吉の「学問のススメ」(1880)や芥川龍之介の「奉教人の死」(1918)は苦労しながらも原文で読めるものね。てか、大学の時どちらも原文で苦労しながら読んだわ。「奉教人の死」に至っては短編小説なのでネットに全文載ってるし(https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/49_15269.html)。(ま、これも活字体で印刷されてるから読めるだけであって、草書体で書かれてたら読めないけどね)

でももっとビックリしたのが金曜日に起こったのよね。フランス人のジィさんと日本人のジィさん(アタシ)と中国人の男子がチームになって「場所と関連した匂い」の話をするトピックがあったのよね。で、フランス人のジィさんは今年の始めにインドに旅行した時の匂いの話をして、アタシはベルリンのU-Bahnの駅にクロワッサンを売るキオスクがあって、駅のある地下に降りるとクロワッサンの匂いがするのでベルリンのU-Bahnでクロワッサンの匂いを連想する、という話をしたのよ。そしたらさ、その中国人、クロワッサンがわからない!アタシがコヮッサンと言ってもフランス人のジィさんがcroissantと言っても通じない。で検索して羊角面包(Yángjiǎo miànbāo)という似ても似つかぬ言葉になってるということが分かって。いや〜、コヮッサンなんて世界共通単語じゃない?日本人がカタカナ英語でクロワッサンと言ってもヨーロッパ人には通じないだろうけど、フランス人がcroissant(コヮッサン)と言ったら日本人だったら解るわよね?(と思いたい) それが「形が羊の角に似てるから羊角面包って名前つけました、読み方はヤンジァオミィァンバォです」なんて言われても、世界じゅうの人間は「なんでそんなことを?」と思うんじゃね?

いやさ、なんか中国人、これだけじゃなくって、教科書に載ってる音楽の話でも美術の話でも「何も知らない」のよね。過去のことを今語る、という時制のレッスンで出てきたピカソのゲルニカの話も、フリーダ・カーロの話のも「知らない、初めて聞いた」で。一番好きな絵画の説明をグループでする、というのでも絵を選ぶ話になって、ピカソの「アビニョンの娘たち」もスレ―の「グランド・ジャット島の日曜日の午後」もエドワード・ホッパーの「ナイトホークス」も「知らない、見たことない」なのよね。なんか中国って美術の教育はどうなってるの?と思ったり、アタシが高校卒業した時点でこれらの絵を知ってたか?とか思い返してみたりして、なんか「この子はアタシ達の常識(コモンナレッジという意味での)が通じる子ではない」という結論に達してるんだけど、これが「何でも意訳で自国語に直す」という言語体系のせいだとすると、それはそれで悲劇だわよね。ま、100%がそういうことではないんだろうけど。

でも考えたら、このスペイン語の教科書、大人対応よね。日本でも19歳の大学一年生のスペイン語の教科書にフリーダ・カーロとかパブロ・ネルーダとか出てきたら、大学受験を経てやってきた新入生は「知らない、初めて聞く」となるわよね?でスペイン語の授業で遭遇したラテンアメリカのアーティストという位置づけかしらね?日本の美術の授業でも印象派のモネやキュビズムのピカソは出てくるけど、アメリカンモダニズムのエドワード・ホッパーはどうだったか?日本の19歳でも知らなくっても不思議はない?

よーわからんわ。アタシが日本に生まれて日本の学校教育を通していろなことに触れられて良かったのか、アタシがジジィで人生経験から知識があるのが良かったのか?きっとジジィだから、ってのが大きいのよね
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