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2025年08月14日07:19

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妄想列車

■「満州開拓団、国策の犠牲者」=父が弟妹に銃…地獄の逃避行―長野、91歳元移民「悲劇二度と」・戦後80年
(時事通信社 - 08月13日 15:02)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=8432206

外地からの引揚者のニュースを読むと、いろいろ思うことがあるわ。

まず第一に、アタシの映画作り妄想の中のプロジェクトが「引揚者で固めた映画を作る」ってのがあるのよね。主演は宝田明と有馬稲子。脇役に梅宮辰夫、森繁久彌、芦田伸介や井川比佐志に赤木春恵。特別カメオ出演三船敏郎と山口淑子。昔は彼らの出た映画をいっぱい見てフィルムを切りつなぎして話の筋を通して一本90分位の映画にする、って考えてたけど、今はAIがあるから、AIに出演者の出た映画をいっぱい学習させて、脚本作ってそれに合わせて演じさせる、ってのも可能だと思う。宝田明と有馬稲子が主演だから題材はやっぱり昭和20年代東京オフィス街のラブコメディっぽいの?なんかそういうジャンル苦手なんだけどねぇ。

第二に中学・高校の時に家に来てたお手伝いさんが満州からの引揚で土曜日にはよくジャジャメンを作ってくれてたので、昔からジャジャメンはちょっと馴染があって、外食でみると食べてみたりもする。勿論、当時日本にあった素材で作ったの(うどんの麺に赤みそ味)とは違うんだけどね。

第三はこないだふと思ったこと。大陸生まれ・大陸育ちの三船敏郎と山口淑子(ウィキ見たら同い年なのね)、黒澤の「醜聞(スキャンダル)」で共演だけど、楽屋では中国語で喋ってたのかしら?疑惑。三船は青島生まれ、山口は瀋陽生まれなので方言が違ったのかしらね?でも山口淑子が満州行って昔の思い出の場所を訪れるビデオで彼女を迎える守衛みたいな人が「綺麗な北京方言をしゃべるねぇ」って言ってたのを覚えてるので満州生まれでも北京方言で教育されたのかしらね?でも戦後40年経っても中国行って中国語ペラペラなの、普通よね?アタシも海外生活40年以上だけど日本語忘れてなくって(漢字書けないけど)ペラペラだし。

関係ないけど、最初に韓国行った1986年、ツアーで行ったんだけど、その時ツアーにいた韓国人が殆ど韓国語喋れなくなっててお姉さんを会ってアイゴーアイゴーで泣き合ったのに話が通じない、ってあったのよね。でもどっかのお寺の売店にいたオバサンが福岡で産まれて帰還派だったんだけどまだ日本語ペラペラだったのであの韓国生まれ、街を歩いていたらガッツーンと殴られ気絶して気が付いたら日本の炭鉱で働かされてた、という話のオッサン、韓国語忘れてたのはやっぱりア〇ォだから?としか思えないわよね?

話は戻って、第四。アタシが映画のシナリオ書きになろうと思った理由の映画、「東京の壁」。1961年の夏、ベルリンじゃなくって神田川を境に北東京と南東京に分けられた街の話で5月位から8月に壁ができる頃のお話なんだけどさ。主人公一家の裏に住む女の子とお母さんの一家。お母さんが信州出身で満州開拓で満州に渡って戦後引揚げ。引き上げの途中てソ連兵にれいpされて妊娠。なので「お父さんは満州で亡くなった」と聞いてたけどそれは嘘で女の子は実は15歳のハーフ。壁ができた最初の頃は鉄条網だけだったり西に逃げるのが簡単だった当時、その親子が逃げようとするんだけど、お母さんのスリッパの鼻緒が切れて転んでしまうの。そこにガードのソ連兵が寄ってきて、お母さん、れいpの時のトラウマがフラッシュバックでイヤ〜〜ッて叫んでうずくまって逃げられない、ってシーンがあるのよね。なので「引揚+れいp」のトラウマって戦後を語る上で重要だと思うの。

あ〜あ、中国行きたい、中国語喋れるようになりたい。スペイン一年の後はスペイン学生ビザからの長期滞在ビザへの書き換えが上手くいかなかったらリヨンでフランス語勉強?とか考えてるけど、中国語も興味深いのよね〜。それで3年経ったら70かぁ〜
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