石坂浩二“松平武元” 将軍三代に仕え、敬愛を集める“西の丸の爺”
https://news.yahoo.co.jp/articles/12c86b2739d3bfb131081dbd2e139dd4bdf314c9
・家光には三人の成人した男子、家綱、綱重、綱吉。
・家綱が将軍になった際に、綱重と綱吉に加増。直轄領甲府が綱重の所領となり、甲府徳川となる。
・家綱は男子がないまま死去。綱重はすでに亡くなっていたため、綱吉が将軍を継ぐ。
・綱吉も男児に恵まれなかったため、綱重の子である綱豊が養子となり、家宣と名乗って将軍を継ぐ。
・家宣の弟の清武は、家臣の養子になっていたため甲府を継ぐことをはなかったが、後に松平姓と館林を貰って越智松平となる。
で、この越智松平の三代目が松平武元という流れ。ただし清武の後継である武雅は尾張分家からの養子で、武元も水戸分家からの養子。
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