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2024年08月24日21:16

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四国紀行 予讃線の旅

4時に起床。
準備等色々して、4時35分頃に汁パレスを出る。
表に出ると、妙に生暖かい湿気のある空気が纏わりつく。
矢張り、台風が近付いているからなのだろうか雨が近い気がする。
まだ地下鉄は動いていないから、歩いて京都駅へと向かう。
5時10分頃に到着した。
5時21分発の網干行きの始発に乗車する。
223系の12輛編成。
持参したサンドイッチで朝食を頂く。
そして、山崎を過ぎた辺りで爆睡。
途中、住吉で目が醒めたが空はどんよりと雲っていた。
御着で本格的に目が醒める。
空は、まあ晴れ渡っていた。
市川を渡り東姫路で席を立ち、ドア付近に待機する。
そして7時30分姫路着。
次の7時31分発新見行きは降りた向かいの7番線。
車輛はお馴染みの115系ではなく、最新型の227系500番代「Urara」4輛編成だった。
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何とかギリギリ座席を取る事が出来た。
「Urara」は勿論、今回が発の乗車。
まだ新車の匂いがした。
姫路を発車したら、阪神8000系が山陽姫路に到着するのが見えた。

相生で赤穂線を別れ、船坂峠へ挑む。
人家が疎らになって来る。
上郡で鳥取へ向かう智頭急行線と別れ船坂トンネルへと入る。
トンネルを抜けると岡山県。
三石を過ぎ田倉牛神社が見える。
飼い牛の病気平癒を祈願する神社で、備前焼の牛を備えてお詣りすると言う変わった神社である。
レマーニの最寄りである吉永を過ぎ、和気が近付いて来ると「男爵平沼騏一郎書 和氣清麻呂公碑」が車窓に見えて来る。
かつて片上鉄道と接続していた和気を過ぎ、段々と乗客が増えて来る。
瀬戸で特急「スーパーいなば」に道を譲り9時8分、岡山に到着。
次の列車は9時33分発の快速「マリンライナー17号」高松行き。
京都2番列車の快速でも間に合うのだが、接続時間から考えて座席は取れないだろうと考えて、一番列車に乗車したのだが、ホームにはまだ列は出来てなかった。

岡山は各線が乗り入れ、大変な賑わいだ。
トイレも長蛇の列で、並ぶのは諦めた位である。
「SAKU美SAKU楽」(さくびさくら)や「La Malle de Bois」(ラ・マル・ド・ボァ)の様な観光列車も多数、乗り入れている。
9時20分過ぎに高松からの「マリンライナー」が到着。
最前列に並んでいたから余裕で座れたが、直ぐに満席になってしまった。
矢張り、始発の快速で来たのは正解だった。
先頭のグリーン車には「瀬戸大橋線3億人」のマークが付いていた。
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瀬戸大橋線に乗車するのも一年振り。
茶屋町を過ぎて本四備讃線に入ると速度が上がる。
坂出を過ぎトンネルを抜けると瀬戸内海の上。
瀬戸の島々を眺めながら走る。
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瀬戸大橋を渡り宇多津へ行く路線と別れ、坂出に到着。
10時30分発「サンポート南風リレー」に乗車。
7200系の2輛編成で、国鉄風のボックスシートに座る事が出来た。
本四備讃線が離れて行き、暫くすると本四備讃線と合流し、宇多津に到着。
四国水族館の最寄り駅で、昨年の夏に四国水族館に行った際に下車した。
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丸亀を過ぎ土讃線との分岐駅である多度津に到着。
シカがいる。
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高知行きの特急「南風」に抜かれる為に6分程停車する。
多度津から先、列車は予讃線を走る。
海岸寺から瀬戸内海沿いに出る。
津島神社が見えて来ると年に二日しか営業しない津島ノ宮を通過する。
詫間から、讃岐平野を走る。
11時25分、観音寺に到着。

観音寺と言えば寛永通宝の銭形砂絵で有名な地。
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私も2019年に見に来た事がある。
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この砂絵は
「1633年(寛永10年)に、丸亀藩藩主の生駒高俊侯が領内を巡視することになった折、土地の人々が歓迎の気持ちを現わすため、急遽白砂に鍬を入れ一夜にして作りあげて藩主に捧げた」
と言う話が伝わっている。
但し、寛永通宝は鋳造されたのは寛永13年なので話が合わない。
他にも
「1855年(安政2年)に丸亀藩第7代藩主京極朗徹に見せるために造営された」
「もとは豊臣氏の瓢箪紋だったが、寛永10年に江戸幕府の巡検使が来ることを知って一夜で作り変えられた」
など様々な説がある。
要するにはっきりとした由来は不明と言う事だ。
次の松山行きは11時40分発で、既に停車していた。
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7000系の単行で、国鉄風のボックスシートに座る事が出来た。
発車までに、家から持参したサンドイッチで昼食を取る。
そして特急「しおかぜ」を撮り鉄。
新型の8600系であった。
定刻に発車する。
豊浜を過ぎると瀬戸内海がちらりと見える。
しかし、ほとんど海岸から少し入った所を走るので、ちらほらとしか海は見えない。
箕浦を過ぎると川之江城が遠くに見える。
川之江を出て、関川を過ぎると山越え。
遠くに瀬戸内海が見える。
しかしそれも一瞬。
直ぐに山々に書き消されて仕舞う。
山を下ると多喜浜に到着。
特急「しおかぜ」と交換する。
次が、別子銅山の最寄り駅である新居浜。
ここから新居浜平野を走る。
伊予西条を過ぎ、伊予小松で特急「しおかぜ」と交換。
そして高縄半島に沿って右にカーブし、中山川を渡る。
壬生川では特急「しおかぜ」に抜かれる。
その間にトイレへ行く。
JR四国の普通列車には、トイレの設備が無い車輛が多い。
今回乗車した7000系もそうであった。
駅にスタンプもあり、この辺りはカブトガニの生息地らしい。
伊予三芳では伊予西条行きが停車していた。
伊予三芳を発車すると、高縄半島を上がって行く。
高縄半島を突っ切って行けば松山まではるかに近いのだが、古くから瀬戸内海の海上交通の要所である今治を無視する訳にも行かない。
また、石鎚山に連なる深い山を縦断する為に、当時の技術では建設困難だっただろう。
2015年に全通した松山自動車道は高縄半島を縦断するルートを走っている。
遠くに今治城が見えて来ると、今治に到着。
特急「しおかぜ」と交換する。
構内には当然の様に今治のゆるキャラであるバリィさんがいた。
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今治を出ると尾道・今治ルートの来島海峡第三大橋がちらりと見えた。
波方で伊予西条行きと交換。
波方を出ると瀬戸内海沿いを走る。
ただ、半島の西側である為に海側は日が当たり眩しい。
しかしカーテンを閉めるには勿体無い車窓ではある。
大西に到着すると、新来島どっくの工場が見える。
そして浅海でも特急「しおかぜ」と交換。
半島の海岸に点在する瀬戸内の漁村を縫うように走って行く。
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伊予北条で伊予西条行きと交換。
松山行きの列車が留置されていた。
松山が近付いて来たから、漁村から宅地へと雰囲気が変わる。
かつて国鉄の連絡船である仁堀航路の接続駅である堀江に到着。
仁堀航路が廃止になってからも民間のフェリーが堀江から安芸阿賀までを結んでいた。
1999年の夏に呉で開催されたコスプレイベントに参加するのに、大阪発松山行きの夜行快速「ムーンライト松山」に乗り松山へ。
そして堀江からこの航路で安芸阿賀まで渡りイベントに参戦した事がある。
しかし、このフェリーも廃止になってしまった。
伊予和気を過ぎると住宅が目立って来る。
そして15時13分、松山に到着。
松山に来たのは2022年の春以来。
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松山駅の高架化工事が大分と進んでいる。
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次に松山に来る時は、新駅になっている事だろう。
15時46分発の伊予大洲行きまで時間があるので、トイレへ行く。
そして持参したお茶二本がなくなったので、構内のセブンイレブンでお茶を買う。
ちょうど宇和島行き特急「宇和海」が発車するから、撮り鉄。
15時35分頃、伊予大洲行きが回送で到着した。
キハ32の単行で車内はロングシート。
窓のカーテンが全て閉められているので薄暗い。
車内は立ち客も出るくらいの満席状態。

市坪を出て重信川を渡る。
車輛基地のある南伊予を過ぎると伊予市に到着。
ここで16時14分発の伊予長浜経由の八幡浜行きに乗り換える。
車輛はやはりキハ32。
乗り換え客が多く、八幡浜行きもかなりの混雑になった。
次の向井原を出ると内子経由の路線と別れる。
山を上り高野川を出ると、伊予灘に沿って走る。
かなり高台を走るから車窓が良い。
伊予上灘でかなりの下車し、そして乗車もかなりあった。
次が下灘。
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駅のホーム目の前には伊予灘が一面に広がっており、駅のホームから海までの距離が近いということで「日本一海に近い駅」として近年有名である。
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ここで殆どの乗客が下車してしまい、車内が閑散とする。
段々と勾配を下り、伊予長浜に到着。
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10分程停車し、「伊予灘ものがたり」と交換した。
車内では豪華な食事に舌鼓を打っている乗客だらけで、羨ましくなる。
伊予長浜を出ると、イン灘から離れ肱川に沿って内陸へと入って行く。
ゆったりと流れる肱川に夕日が照らされ眩しい。
伊予白滝で松山行きと交換。
かつて内子線が分岐していた五郎を出ると、高規格な高架線の内子線が近付いて来る。
内子線は五郎から内子までの地味なローカル線だったが、始発駅を伊予大洲に変え、内子から先、向井原までを延長し高規格の短絡線として生まれ変わった。
今でも新谷から内子までは内子線。
伊予大洲から新谷と、内子から向井原は予讃線となっている。
そして伊予大洲に到着。
大洲は2022年の春以来になる 。
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直ぐに発車する。
伊予大洲から先は、2010年の夏以来で14年振りになる。
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肱川を渡ると、大洲城がよく見える。
また大洲の町を散策したいが、前回行けなかった内子の町も散策してみたい。
伊予平野で特急「宇和海」と交換。
夜昼トンネルで夜昼峠を越える。
昼間でも夜の様に暗い深い峠との事だが、トンネルで抜けてはその真価は別らない。
夜昼トンネルを抜けると下り勾配。
千丈を過ぎ峠を下ると八幡浜、18時4分の到着。
次の列車は18時57分の宇和島行き。
かなり時間がある。
八幡浜には「八幡浜ちゃんぽん」と言うご当地グルメがあるらしい。
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しかし、駅前には古びた味のあるタクシー会社のビルと、駅前旅館くらいしかなく、八幡浜ちゃんぽんを出す様な店は駅周辺には無さそう。
駅から市内中心部までは片道15分は掛かるから、八幡浜ちゃんぽんは残念ながら無理だった。
仕方がないから、18時20分発の宇和島行き特急「宇和海」撮り鉄して過ごす。
18時57分発の宇和島行きが客扱いしていたから乗車する。
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キハ54で、車内はロングシート。
誰もいないから、家から持参したサンドイッチで晩飯にする。

18時57分、定刻に発車。
車内は13人程しか乗っていない。
車窓も大分と暗くなってしまった。
次の双岩を出ると、もう完全に真っ暗闇になってしまった。
エンジンが唸りを上げて、トンネルを潜る。
恐らく笠置峠に挑んでいるのだろう。
トンネルを抜け、辺りに住宅の灯りらしきものがちらほらし宇和盆地へと入る。
そして伊予石城に到着。
ここから西予市の中心部へと入って行く。
伊予石城を発車すると、大きくUの字に迂回して大洲を経て伊予長浜に注ぐ肱川を渡る。
そして上宇和に到着。
大分降りて、車内は私入れて6人になってしまった。
次が西予市の中心駅である卯之町。
暗い山を越えて来たからきらびやかに見える。
駅舎も新しく、明るい。
しかし、卯之町を発車するとみるみる灯りが減って行く。
再び肱川を渡る。
そして次の下宇和で特急「宇和海」と交換。
もはや撮り鉄出来る様な条件では無いので、通過する列車を見送る。
下宇和を出ると肱川と別れる。
そして法華津トンネルで宇和盆地を出て、法華津峠を下る。
エンジンの音が静かになっている。
昼間なら所々でリアス式の海岸を目にする交換が出来るのだが、この闇夜では仕方がない。
立間で下り列車と交換。
「しまんトロッコ」の黄色い車輛が見えた。
峠を下り、予土線との分岐である北宇和島を過ぎ終着の宇和島に19時55分、到着した。
予讃線と予土線と二方向に別れるスイッチバックのこじんまりとした駅で、何となく会津若松の駅を思い起こされる。
構内のセブンイレブンでお茶などを購入し、今日の宿である宇和島ターミナルホテルへ。
駅前信号渡って目の前で、便利が良い。
実は今日の宇和島、何処の宿も満員御礼で空きがなく、こりゃ光画部するしかないかと覚悟を決めていたが、たまたまのタイミングでキャンセルがあり、宿にありつけた。
507号室にチェックイン。
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何と言うか、古き良き昭和のビジネスホテルである。
ベッドがデュベカバーでなくシーツでメイクしているのも良い。
部屋の鍵がシリンダーキーなのもレトロ感がある。
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これで5500円とはなかなか良い。
ただ、私が乗り鉄貧乏旅行するのにであって、まなにゃーデックスさんと宇和島旅行に行くとしたら、もっと良いグレードのホテルにしなければならないだろうが。
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