勝山町を6時25分に出る路面電車で、JRの松山へ出る。
駅に着いたら、回送で「伊予灘ものがたり」が留置線に入って来た。
6時55分発の伊予大洲行きは、キハ32のロングシート。
キハ185を期待していたのだが、ロングシートでは景色も見辛い。
6時55分の列車は伊予長浜経由だから、伊予灘に沿って走るので景色が良い。
特急「宇和海」が発車して行き、6時55分、伊予大洲行きが発車した。
松山から宇和島方面に乗車するのは2010
年8月以来。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1569841929&owner_id=5677348
12年もの月日が流れてしまった。
駅を出ると、予讃線高架化の工事をしていた。
近い将来、何の味気も無い高架駅に生まれ変わるのだろう。
北伊予で松山行きと交換。
鳥ノ木では停車位置がずれたのか、微妙に前進して調節した。
伊予市までは松山の郊外と云う様な車窓である。
伊予市では松山行きの列車「すまいるえきちゃん号」が停車していた。
伊予市を出て、カーブの線路脇に撮り鉄がいた。
恐らく、「伊予灘ものがたり」狙いなのだろう。
次の向井原からは、 伊予長浜回りの旧線に入る。
これがかつての予讃本線で、今は如何にもローカル線と云う赴きになっている。
ちょっとした山越えで、山裾を右へ左へとカーブしながら進む。
三秋信号場の跡を過ぎ山を下り
高野川へ。
ここから瀬戸内海を沿って走る。
山がそのまま海に落ち込む急峻な地形で、家々が山にへばり着く様に連なっている。
列車は山裾より高い所を走るから、町を見下ろし、遠くまで海を見渡す事が出来る。
伊予上灘で列車交換の為、8分程停車。
キハ32にはトイレの設備が無いので、駅のトイレを利用する。
そして、伊予市行きのキハ54を撮り鉄する。
上着がいらない程に温かく、線路脇には黄色い菜の花が咲き乱れている。
閏住(うるすみ)の菜の花畑が広がり、黄色い絨毯の上を走っているかの様だ。
下灘で殆どの乗客が下車。
私ら以外は一人だけになってしまった。
周辺にも特に観光名所になるような物も無いし、疑問に思っていたが。
まなにゃーさんが、インスタ映えの名所だと教えてくれた。
工場地帯を抜けて伊予長浜に到着。
ここで列車交換の為、20分程停車する。
昭和10年に竣工したスキュール式(跳ね上げ式)可動橋である長浜大橋まで往復するのは、ちょっと厳しい。
伊予長浜からは、肱川に沿って上って行く。
長浜大橋が、遠くに見えた。
肱川は水量も多くゆったりと雄大な流れを見せている。
かつて内子線の分岐駅だった五郎を過ぎると、内子回りの路線が迫って来る。
そして、伊予大洲に到着。
ここから徒歩で、大洲の城下町を目指す。
肱川を渡ると、大洲城が見えて来る。
城下町に入り、先ずは大洲城へ。
藤堂高虎、続いて脇坂安治が転封され、この2人の時代に天守などの建造物が造営され近世の城郭として整備された。
そして、伯耆米子から6万石で加藤貞泰が入り、以後は加藤氏が12代に亘り大洲藩主として大洲を治めた。
明治に入り天守は解体されたが、2004年、当時の図面などにより、木造で再建された。
各界の著名人も訪れている。
天守から、特急「宇和海」が肱川を渡るのが見えた。
天守を上がって行くと、まなにゃーさんが「ここで泊まれるみたいだよ」と教えてくれた。
宿泊の案内が書かれていた。
https://castlestay.ozucastle.com/
まなにゃーさんが泊まりたいと云うが、なかなかの値段であった。
大洲城を見た後、大洲城三の丸南隅櫓公園ことお殿様公園へ。
解体を免れた南隅櫓の他。加藤家住宅主屋が残されている。
そして、朝の連続テレビ小説「おはなはん」の舞台でロケ地である、おはなはん通りを抜ける。
ドラマ「東京ラブストーリー」に出たポストを眺め、臥龍山荘へ。
木蝋の輸出で成功を収めた大洲出身の貿易商河内寅次郎の山荘で重要文化財。
母屋の臥龍院。
自然との共生を重んじた見事な造りである。
離れの不老庵は風光明媚な肱川の臥龍淵(がりゅうのふち)の崖の上に建てた数寄屋造り。
吹き抜ける風が心地良い。
こう云う所で、世捨て人の様に隠居したい。
昼が近くなったから、「大洲まちの駅あさもや」に隣接した分油屋へ。
開店10分前だが、結構並んでいた。
せいろを注文。
まなにゃーさんは、鴨せいろ。
真っ白な蕎麦だが、更級系とも違う蕎麦で、強いて云うなら、京都の河道屋の蕎麦に通じる物がある。
余りに旨いので、追加を頂いた。
昼食の後、盤泉荘(旧松井家住宅)へと歩く。
フィリピンのマニラで貿易会社を経営し、マニラ、セブ、ダバオの各地で百貨店を経営する等、多角的な事業拡大を行い大きな富を成した松井國五郎氏によって大正15年に建設された別荘。
フィリピンで貿易業を営んでいた施主らしく、東南アジアで選び抜かれた南洋材が廊下に20枚連続して使用され、鬼瓦にはイニシャルの「K・M」を用いている。
更に、当時の和風建築では非常に珍しいバルコニーまで備えていた。
私ら一組だけしかいなかったので、隅々まで案内して頂けた。
しかし、こう云う場所なら日本海軍一種軍装が映えただろうに、残念な事をした。
再び町に戻り、「大洲まちの駅あさもや」
へ。
大洲土産を購入。
続いて、おおず赤煉瓦館。
そして、ポコペン横丁と昭和レトロを再現した思ひ出倉庫へ。
昭和30年代をイメージした様なレトロな街並み等か再現されており、なかなか楽しい。
そして、駅へ向かう。
元々、大洲と内子を観光して、松山に向かう予定をしていた。
しかし、大洲が凄く見所があるので内子はまたの機会にしていた。
内子からは14時29分の列車で伊予市へ戻る予定だった。
この列車は、伊予大洲は14時10分に発車する。
駅に戻ったが、既に発車した後だった。
なので、次の14時43分発特急「宇和海18号」で伊予市へ向かう事にした。
特定特急券を買い、1号車4番A席に乗車。
伊予大洲から内子までは内子線、その先は新線の予讃線のバイパス。
内子線は元々、五郎から内子を結ぶ地味なローカル線だったのが、予讃線のバイパスとして高速運転出来る高規格な路線にな生まれ変わった。
トンネルの連続で、内子の町に入る。
高架だから見渡しが良い。
そして、再びトンネルの連続で伊予市に到着した。
伊予市は無人駅だから、到着する直前に特急券を回収された。
伊予市の駅前に、伊予鉄の郡中港駅がある。
15時14分発の松山市行きに乗車。
車掌が物凄くアニメ声なのが気になった。
松山の郊外を淡々と走る。
地蔵町で郡中港行きと交換。
岡田でも交換。
土居田で最後の交換をして、やっと湘南スタイルの車輛3000系が来た。
しかし、駅の立地が悪く良いアングルが取れなかった。
伊予市に到着。
駅直結の百貨店、いよてつ高島屋には「くるりん」と云う観覧車がある。
一日券を持ってると、無料で乗れるので行ってみた。
百貨店の中から観覧車に乗るなど、梅田のHEPみたいだ。
松山城が一望出来る。
16時13分の道後温泉行きに乗り、勝山町で下車。
ホテルに預けた荷物を受け取り、16時34分の道後温泉行きに乗車。
やっと伊予鉄道モハ50形電車に乗車出来た。
しかも車番は51号。
1951年生まれのオールドタイマー。
51号は「あぶない刑事」第13話「追跡」で柴田恭兵扮する大下刑事が犯人が乗った電車を追いかけて飛び乗るシーンのロケ撮影で使用されていた車輛である。
道後温泉に到着。
駅前すぐの所に、本日の宿「道後温泉 ふなや」がある。
寛永年間創業、400年近い歴史を誇る道後温泉で一番の老舗旅館。
昭和天皇が皇太子だった大正時代に御宿泊あそばされてから、歴代天皇も訪れる格式の高い旅館である。
本館の603号室へ案内される。
荷物を置いてから、温泉街を散策。
思えば今まで、色々な温泉に泊まったが、温泉街がある温泉宿は初めてな気がする。
アーケードの商店街を抜けて、射的の看板があったので、やってみる。
私も、まなにゃーさんも見事に1点。
まあ、狙っていた塗り絵セットをゲット出来たから、よしとする。
続いて、リラックマショップへ。
まなにゃーさんが中吉を当てていた。
工事中の道後温泉本館を眺めて、宿へと戻った。
6時半から食事。
夏目漱石や正岡子規も愛した、ふなやの伝統ある洋食を頂く。
先ずはワインをセレクト。
暑かったから、発泡ワインが呑みたくなったので、コドーニュ・クラシコ・セッコ・コドーニュをボトルで。
ラグー・ド・ブフのチーズ焼き。
続いてパン。
ヴァリエとブーケサラダ。
スモークサーモンにイカのスモーク、パパイヤのパルマ産生ハム巻きにサラミ。
媛っこ地鶏の燻製。
ポークのタンとほうれん草のパテに、パテ・ド・カンパーニュ。
イチゴのソースとラズベリーのソース。
デミタスカップのスープ
ゴボウのクリームスープ
シーフードのソテー・バジルとサフランのソース。
鯛のポアレ、アワビのソテー、オマール海老のソテー、ムール貝ワイン蒸し
たらの芽とふきのとう。
まなにゃーさんもご満悦。
発泡ワインがなくなったから、赤ワインを頼む。
メドック・リ・リ・モルチェをボトルで。
特選国産牛プティ フィレの網焼きと愛南産鹿肉のロティせとかのビガラード
干し椎茸と赤ワインのソース。
せとかみかんとワインビネガーのフォンドボー・ソース。
デザートは、りんごのコンポート。
ヴァニラアイスクリームとチョコレートソース。
ミルクティーに、お茶菓子のトリュフ。
実に満足したが、部屋に帰ったらそのまま爆沈していたようだった。
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