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2024年07月10日07:59

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野田又夫さんのことども

わたしが野田又夫さんにはじめてお会いしたのは、大谷大学で開かれた「西田・田辺記念会」というシンポジウムであった。

「西田・田辺記念会」は、二人の発表者がそれぞれ西田哲学、田辺哲学についてテーマを決めて学術的な発表を行う会であったが、野田又夫さんの場合は少し変わっていた。

その日の野田又夫さんの発表テーマは、「西田哲学と田辺哲学」というものであった。わたしはそれを見て、かなり意欲的なテーマだなと期待していた。

ところが野田又夫さんの発表内容は、西田幾多郎先生、田辺元先生に対する野田又夫さんの思い出話に終始した。

思わず、拍子抜けしてしまった。

大谷大学で行われた「西田・田辺記念会」の場は、恩師・原野栄二先生と金松賢諒先生との再会の場ともなり、わたしにとっては別の意味で心に残る感動的な場となった。

しばらくして、白水社から『野田又夫著作集』全五巻が刊行された。しかしわたしは『下村寅太郎著作集』の方を買っていたので、同時に刊行された『プロティノス全集』も変えなかった。当時はまだ学生であったわたしにはそこまでの経済力はなかったのだ。

野田又夫さんの「西田・田辺記念会」の発表は、『田辺元 思想と回想』(筑摩書房)に載ることになった。

そして訓覇曄雄先生の研究室には、『野田又夫著作集』全五巻が置いてあった。訓覇先生はお弟子だったことが気付かれたのだ。

野田又夫さんは、京都大学文学部哲学科第一講座の主任教授になれたが、第一講座の特別講座はやらせてもらえなかった。その講座は第四講座の主任教授になられた西谷啓治先生が担当されていたからなのだ。

�狷段鵡嶌足瓩蓮⊆�分がその時に研究しているテーマについて自由に話せる講座であり、主任教授にとっては�牴峽噌嶌足瓩任△辰拭L酖痛�夫さんは西谷啓治先生が京都大学を退官するまではその機会を奪われたことになったのである。サドや、悔しかったであろう。

野田又夫さんの出世作は、西哲叢書の『デカルト』であるが、西哲叢書は西田・田辺の門下生にとってはどれも出世作になっているのだ。
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