49年逃亡の桐島聡容疑者を映画化 安倍元首相銃撃を映画化の足立監督が製作、桐島役は古舘寛治
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=7917433
興味はあるけど、ちょっと解釈違うなあと思う。
>彼の生きざまは、地獄の沙汰では済まない残虐世界だったのか。しかし、同時に、死の間際に『私はキリシマサトシだ!』と名乗り出て表現し、獲得しようとしたものは何か。それは、彼が生きた怨念となった『革命への確信』への証しだったのだろう。
最初は私も桐島が出頭しなかったのはテロリストとしての生きざまを貫こうとしたのか、彼の中で革命は終わっていなかったのか、とも思ったんだけどさ、いろいろな報道や周囲の人の証言を聞いてると、ちょっと違うんなあと思うようになったのね。
最初はテロリストとして闘争のための逃走だったけれど、段々とその生活に馴染んでるうちに、それなりの安定というかささやかな日常を手に入れちゃった気がする。
偽名を通せて給料も手渡しってことは裏を返せば社保制度すらない、実質日雇い暮らしのような会社だっただろうし、住んでいた寮も廃屋?バラック?みたいなボロだったし、多分お金も無かったと思うのよ。
ただ、そんな暮らしでもたまには酒を飲んで馴染のバーで友人も出来たし(一時期はバンド組んでたとか)若い時には恋人もいたというし、職場の評判も良かったという。
確かに彼の所属していた組織(東アジア反日武装戦線だっけ)の規則で、疑いを避けるため、昼間は仕事をしたり規則正しく生活して一般市民として振る舞い近隣の人たちへのあいさつも欠かさない、みたいなのはあったらしいけど、でも「酒な飲むな」ってルールもあったけど、普通に飲んでるし〜。
逃亡犯を庇うわけじゃないけど、もし出頭していれば、他のメンバーの判決から考慮しても10年せずに出られたと思う、実際、メンバーだった浴田由紀子なんかは、もう娑婆に出て映画出たりしてるし、ね。
最後に本名を明かしたのは、飯場のウッチーとしてすごしたかりそめの50年のままじゃなく、本当は自分は桐島聡だったと言いたかっただけ、じゃないのかなと。
いや、悪いことした犯罪者なのは解るんだけど、なんかなあ、この人、学生時代に妙な思想に被れなければ、優しい夫いいお父さんになっていたような気がして、なんとも言えないものを感じるんだよね。
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