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2024年03月08日22:33

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「大名茶人 織田有楽斎」、パナソニック汐留美術館、奈良まほろば館

今日はサントリー美術館で開催されている、四百年遠忌記念特別展「大名茶人 織田有楽斎」へ行ってきました。

以下はHPからの転載です。

有楽斎(うらくさい)こと織田長益は天文16年(1547)に織田信秀の子、織田信長の弟として生まれました。武将として活躍し、晩年には京都・建仁寺の塔頭「正伝院」を再興、隠棲します。正伝院内に有楽斎が建てた茶室「如庵」は国宝に指定され、現在は愛知県犬山市の有楽苑内にあり、各地に如庵の写しが造られています。正伝院は明治時代に「正伝永源院」と寺名を改め、いまに至るまで有楽斎ゆかりの貴重な文化財を伝えています。
しかし茶人・有楽斎として名高い一方、武士・長益には悲観的なイメージも伴います。天正10年(1582)に起きた本能寺の変では、二条御所に籠る長益の主君・信忠(信長の長男)が自害したにもかかわらず、長益は御所を脱出したことから、京の人々には「逃げた(男)」と揶揄されました。さらにその後、信雄(信長の次男)に仕え、徳川家康と豊臣秀吉の講和を調整するなど存在感を示したものの、信雄が改易されると今度は秀吉の御伽衆に加わります。関ヶ原の戦いでは東軍として参戦し、戦後も豊臣家に仕えましたが、大坂夏の陣の前には家康の許可を得て主君から離れました。
信長、秀吉、家康の三天下人に仕えて時流を乗り切り、晩年を京で過ごした織田有楽斎の心中には、どのような思いがあったのでしょうか。本展覧会は、2021年に400年遠忌を迎えた織田有楽斎という人物を、いま一度総合的に捉えなおそうと構成したものです。

転載ここまで。

織田有楽斎という名は聞きますが、どんな人だったのかは全く知りませんでした。
今回の展示では、手紙、文書が多かったのですが、内容を活字にして、その解説もあって判りやすくて良かったです。
当時の文書ってほとんど読めないもので。

次は汐留のパナソニック汐留美術館へ行きました。
フランク・ロイド・ライトの展覧会をしているのですが、完全予約制で予約がなかったのですが、聞いてみたら2時間後だったら入れるとの事だったのですが止めました。
のでパナソニック汐留ビル見物に終わりました。

新橋に来たので、移転してきた奈良まほろば館へ寄ってみました。
日本橋の時より広くなったような感じです。
柿の葉寿司は聞いたことが無い所のだったので、止めておきました。

左はサントリー美術館

中は奈良まほろば館

右は東京ミッドタウンの汁やのランチ
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