8月最後の日が、とても嫌だったのは1975年までの事だ。大学生になったら夏休みの終わりが9月5日頃になった。
1976年〜79年の8月31日には、大学の文芸愛好会の合宿で、長野県、蓼科山の近くの、大学の宿泊施設に居た。
関東甲信越一帯に帰省していた大学文芸部員たちは8月29日頃に国鉄新宿駅に集合。松本行きの、あずさ何号かに団体乗車して茅野まで行き、そこからタクシーに四人ずつ分乗して、蓼科山方面へ向かった。大学の宿泊施設で宿泊費が安いので、四泊五日、の日程で、夜は肝試し、キャンプファイヤー、飲み会。昼は近くの女神湖畔散策、蓼科山登山(途中まで)など。
9月2日頃に国鉄バスで小諸まで行き、小諸から国鉄の特急で上野まで帰る、と言うのが普通だった。
最後に「二松学舎大学蓼科洗心寮」へ行ったのは1980年2月だったな。
もう43年。最後の夏休み合宿からは44年が経ってしまった。
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