今日も天気が良く、浄土ヶ浜に昇る朝日が美しい。
朝から漁船が何槽も出ている。
早速、朝風呂へ。
朝は男女の風呂が逆になって、さけの湯が男湯になっている。
朝が早いから、ほぼ貸切。
露天風呂から、浄土ヶ浜がよく見える。
こと露天風呂に関しては、さけの湯の方が良かった。
まなにゃーさんが、朝食混むかもと云うので、6時50分頃に「最東端」へ行ってみた。
我々が一番先頭に並べたが、次々と降りて来て、2分もしないうちに長蛇の列になってしまった。
7時にオープン、座席に案内される。
朝食もビュッフェスタイルで豪華そのもの。
https://twitter.com/sylvian3/status/1632157854777106434?t=Ev0fMvEbjL6fnSthtCVydA&s=19
マクロのぶつ切り、イカ塩辛、鱈さつま揚げ、ホタテ貝のソテー、和風オムレツなど数え切れない。
デザートも色々あったが、入らない。
岩泉ヨーグルトだけ頂く。
一度部屋に戻りました休憩と荷造り。
8時過ぎに、チェックアウト。
送迎バスを待つ間、ダー様を頂く。
8時20分頃、バスの用意が出来たと案内が入る。
8時30分にホテルを出る。
浄土ヶ浜の、山の上から宮古の町へと降りて行く。
遠くに雪を纏った、飛び抜けた高い山が見えたが遠野三山の一つ、早池峰山だろうか?
宮古の町に入るとラサの大煙突が目に入った。
8時45分、宮古駅に到着。
みどりの窓口に、うさうさがいる。
改札前に、9時22分発の山田線快速「リアス」盛岡行きと9時20分発の三陸鉄道久慈行きの列が出来ているから、並ぶ。
理不尽な事で駅員に怒鳴り付けている老害がいて嫌な気分になる。
9時1分、盛岡からやって来た宮古止まりの列車が到着した。
そして、先に9時20分発の久慈行きの改札を始める。
改札前のホームには、折り返しの快速「リアス」盛岡行きが停車している。
そして、9時14分に釜石始発の久慈行きが到着した。
割と下車したので、余裕で1ボックスを占拠出来た。
昨日は海側だったから、今日は山側。
宮古を発車してすぐ、ラサの大煙突が見える。
そうして登り勾配に入る。
一の渡で宮古方面の列車と交換待ち。
佐羽根ではホームで熊や、うさうさが列車を見送ってくれた。
田老川に沿って山を登って行く。
そして、田老に到着。
そして、僅か500メートル足らずで新田老に到着。
まなにゃーさんが「駅が近い」と云うから、「新大阪と東淀川みたいなもの」と適当な事を云う。
本当は、震災の後、災害公営住宅や三王団地が造成され人口が回復傾向にある地域に新駅の設置が検討され、宮古市田老総合事務所の移転にあわせて併設された駅で2020年5月18日に開業している。
新線に入り速度が上がる。
まなにゃーさんが「速度が上がった」と云う。
田老までは勾配もあるが、かなりの鈍足であった。
なので、宮古から田老までは国鉄時代に開業した古い路線だからと答える。
宮古から田老の間は、1972年に国鉄宮古線として開業した区間。
久慈-普代には1975年に国鉄久慈線開業。
そして田老-普代間は工事が中断された。
そこで岩手県などが中心になって設立した第三セクター「三陸鉄道」が既開業区間も合わせて引き受けることになって工事を再開。
1984年4月1日に宮古線・久慈線の三陸鉄道への転換と同時に開業し、同社の北リアス線として全通した。
ローカル線の第三セクター移管のはしりである。
9時59分、岩泉小本に到着。
久慈へと走り去って行く列車を見送る。
駅舎は小本津波防災センターを兼ねている。
館内に、ほんの小さな展示スペースがあり、「モシリュウのふるさと」と銘打って化石などを展示していた。
モシリュウとは、1978年に岩手県岩泉町のモシ(茂師)で発見された恐竜化石。
竜脚類の上腕骨の一部で種類などは判別しておらず、モシリュウはあくまでも通称である。
バスの乗り継ぎが10分程しかないので、ので、すぐに対策。
駅前に停車している岩泉町民バスに乗車した。
小本川に沿って山道を走り、岩泉町の中心部へと向かう。
途中、石灰岩が露出した断崖絶壁の奇岩が見えたりなかなか見所に溢れた路線バスの旅。
40分程で龍泉洞に到着した。
まなにゃーさんは山口県の秋芳洞。
そして高知県の龍河洞に行った事がある。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1924818591&owner_id=5677348
今回の岩手遠征も、まなにゃーさんが「龍泉洞に行きたいんだよ」と云っていたのが発端であった。
そして、漸く龍泉洞に来たから、まなにゃーさんはこれで三大鍾乳洞を制覇出来た。
いよいよ龍泉洞へと入る。
複雑な鍾乳石が織り成す不思議な世界。
龍宮の門。
そして、洞穴ヴィーナス。
月宮殿。
守り獅子。
洞穴のカーテン。
頭が支える程狭い通路を歩いたり、果てしなく高い、ドームの様な所を抜けたり、実に楽しい。
そして、龍泉洞と云えば地底湖。
まず、第一地底湖に辿り着く。
世界でも有数の透明度を誇り石灰質をよく溶かし込んでいるから味も良いと云う。
暫く先に行くと、第二地底湖。
更にその奥には第三地底湖が行く手を阻んでいる。
第三地底湖の水深は98メートル。
琵琶湖の最大水深である103.58メートルに迫る勢いだ。
更にこの先、未公開の第四地底湖は水深120メートルにも達すると云うから驚きだ。
一般公開されているのはこの、第三地底湖まで。
なので、神秘の地底湖をバックに記念撮影。
ここから折り返しになるが、縦に登って行く。
狭い通路を梯子で登って行く。
登り摘めると、一般人が入れる場所では最も高い三原峠に着く。
展望台が用意されており、ここから第一地底湖を望む事が出来る。
何か、地上の湖と変わらない所が違和感である。
三原峠を過ぎ、コウモリさんが休んでいるの
に気が付いた。
この近くに、蝙蝠穴と呼ばれる場所があり、昼間は休んで夕方になると鍾乳洞の外へ飛び立つそうだ。
この後、騒がしい若い男女のグループが来て、余りの騒々しさにコウモリさんは飛び立ってしまった。
龍泉洞を出たら、丁度お昼の時間。
龍泉洞観光センター一階のレストハウスを見てみたが、まなにゃーさんのお好みに合うメニューがなかった。
続いて、龍泉洞脇にある「カフェPonte」へ。
まなにゃーさんはオムライスカレー、岩泉ヨーグルト付きをチョイス。
私は朝、がっつり食べ過ぎたせいで余りお腹が減っておらず、龍泉洞地サイダーを頂く。
食事の後は、道を挟んで向かいにある龍泉新洞科学館へ行ってみる。
1967年に観光整備工事中に発見された鍾乳洞である。
入口では鍾乳洞についての説明がある。
そして、ちょっとびっくりした。
この先がいよいよ龍泉新洞になる。
龍泉新洞は鍾乳石保護の観点から撮影禁止。
中は、氷柱の様な、典型的な鍾乳石が多数垂れ下がっている。
そして、龍泉新洞に足を伸ばす観光客も少ない為、本当の秘境の様な雰囲気になる。
一番奥には、地底湖ならぬ地底「泉」が湧いていた。
これは龍泉洞の水が再度地下に潜り込み、本洞前の清水川の下を流れ、龍泉新洞の泉として湧いているのだそうだ。
そして、遠い縄文の昔には人が住んでいたらしく土器なども発見されたそうだ。
そして出口近くには、縄文人の生活ジオラマがあり少し驚いた。
横には「おとなしい原始人です、優しく見守って下さい」と云う一文が添えられていた。
なので、折角だから手を振って龍河新洞を後にした。
盛岡まで行くバスの時間がまだあるので、レストハウスのお土産コーナーを覗いて見る。
色々あって目移りするが、噂に聞いていた岩泉名物の「いわいずみ山ぶどうワイン」があったから、辛口を選ぶ。
更に江戸時代から岩泉で鮭を醸す泉金酒造。
南部杜氏と岩泉の名水の織り成す清酒「龍泉 八重櫻」の、「龍泉八重桜 龍泉洞貯蔵 純米」を購入した。
まなにゃーさんは、呆れた様な目で見ていたが、龍泉洞に住むウサギコウモリさんぬいぐるみを買っていた。
まだ時間があるから、2階の休憩コーナーで一休み。
龍泉洞を訪れた多数の著名人のサインが飾られている。
どうやら龍泉洞に、ミスマル・ユリカが来ていた模様。
https://twitter.com/sylvian3/status/1632227039330840576?t=BwImeg2FK_mCHEZ2VcQotg&s=19
まなにゃーさんが、同じ岩泉町にあり、日本一長い洞窟と云われる安家洞の存在を知ってしまい、また行きたいと言い出した。
バスも出ている様なので、またいつか、遠征せねばなるまい。
14時、JRバス東北早坂高原線盛岡駅東口行きのバスが到着。
その前に、団体客を乗せた観光バスが到着。
中高年の騒がしい一団が大量に降り立った。
タイミングがずれていたら、我々の龍泉洞探索と被っていたと思うと、本当に良かった。
まなにゃーさんも「午前でなくて良かった」とホッとしていた。
かつては「急行龍泉号」と呼ばれ急行料金を徴収していた早坂高原線のバスに乗り込む。
急行バスだった名残なのか、一般の路線バス車両ではなく高速バス仕様の車両である。
国道455線で岩泉町の中心部を走る。
岩泉橋の渡った先に、2014年に廃線となった岩泉線岩泉駅跡が見えた。
岩泉線は、山田線の茂市から分岐して岩泉を経て小本へ向かう鉄道路線として計画されていた。
当時は小本線と称し1942年6月25日、茂市-岩手和井内で開業。
大東亞戦争に入り、小本川上流で採掘される耐火煉瓦の原料となる耐火粘土輸送の為の突貫工事であった。
その後も徐々に路線を伸ばし1972年2月6日に岩泉まで開業。
岩泉線と路線名が変わり小本までの計画線は凍結された。
その後は存廃問題に揺れ動くが、2010年7月31日に発生した土砂崩れで全線が運休。
JR東日本は復旧を断念し2014年4月1日に廃止された。
2010年代に入って廃止されたJR線で、唯一の未乗路線であった。
なので、岩泉線跡を眺めるだけでも嬉しい。
しかし、もし今も岩泉線が残っていたとしても、一日わずか3往復で通学に特化したダイヤでは龍泉洞観光には使えなかったと思う。
もし、岩泉線で訪れたとしたら茂市発7時1分の岩泉行きに乗車して7時53分に岩泉着。
そして、観光してから茂市行きに乗車しても17時20分まで列車が無いのである。
こんな非現実的なプランをまなにゃーさんが呑む訳無い。
バスは小本川に沿った曲がりくねった国道走る。
岩泉線は高架の路線で地形を無視して走るから、二升石の手前で、岩泉線跡が越えて行く。
そしてまた、二升石を過ぎると再び、岩泉線跡が越えて行く。
岩手落合バス停で、一人乗車して来た。
年老いた方が二人程見送りに来ていたから、久し振りに帰郷した息子さんか親戚の人だったのかも知れない。
茂市方面へ抜ける岩泉線跡と別れて、国道340号線を茂市とは逆方向に進んで行く。
長距離を走る盛岡行きではあるが、基本は路線バスなので国道から外れて山あいの集落へと
立ち寄る。
袰綿の集落の細い道を大型のバスが走る。
名目入の手前で340号から455号に入る。
そして、道の駅三田貝分校で小休止。
7分程停車する。
トイレ休憩なのだ。
折角なので道の駅を廻ってみた。
14時50分に発車。
乗り遅れたら次のバスまで2時間は待たねばならない。
早坂峠を、早坂トンネルで抜ける。
トンネルを抜けると末崎川に沿って走る。
暫く走ると岩洞ダムが見えて来た。
ロックフィルダムに雪が積もり遠目なねはダムには見えない。
ダム湖である岩洞湖にはレストハウスがあり、多数の車が駐車していた。
観光地として有名な様だ。
ここから、二人程乗車して来た。
道路沿いに木々が立ち並び湖面が見えないが、隙間からちらりと眺める事が出来る。
凍結している様で、氷上で釣りをしたりトレッキングしたり、或いはキャンプをしている人もいた。
岩洞湖を過ぎ、蛇塚と云うバス停を過ぎると「薮川そば」と云う、何となく旨そうな蕎麦屋が見えた。
https://yabukawasoba.hp.gogo.jp/pc/free2.html
再びダム湖が見えて来る。
外山ダムのダム湖で外山森林公園として整備されている。
それを過ぎると曲がりくねった山道を下り降りる。
遠くに早池峰山らしき山が白い帽子を被り頭を出している。
盛岡の町が遠くに見える。
岩手山が時折、ふいに車窓に現れては消える。
突然現れるから写真には納められなかったが、こんなに近くにと思う位に、車窓一杯に見えた。
盛岡大佛を横に見て、盛岡市内へと入る。
市内の道が、何となく既視感があると思ったら昨年の正月に、三ツ石神社へ参拝した時に歩いた道だった。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1981251974&owner_id=5677348
盛岡城の横を抜けて16時14分、盛岡に到着。
盛岡駅の構内には「SL銀河」のコーナーがあった。
次の列車まで時間があるから、駅弁などを購入する。
それでもまだ時間が余ったから、待合室で待機。
遠野の曲り家の模型が展示されていた。
また遠野にも行きたい。
中学生の時分に柳田國男にのめり込んだ私からしたら、遠野は聖地であるし、2012年8月に一度訪れたきりだ。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1864739292&owner_id=5677348
ホームに上がると、16時44分に「はやぶさ34号」が到着。
3号車8番DE席に着席する。
「こまち34号」の連結し、「はやぶさ34号」東京行きが発車。
車内は、盛岡でほぼ満席の状態。
車販が廻って来たから、はやぶさ呑み。
まなにゃーさんが遠慮なくチーズを食べる。
「はやぶさ34号」は最高時速320キロメートルで突っ走る。
その後割には余り揺れない。
実に滑らか滑らか走りで車窓が移り変わって行く。
仙台でかなり下車。
そしてそれ以上に乗車して来た。
福島県に入り、日が沈んで行く。
栃木県に入ると大分暗くなり、いつの間にか宇都宮も通過していた。
仙台を出て1時間8分、大宮に到着。
しかし北陸新幹線のトラブルの影響で先行列車が遅れている為、4分の延発。
18時44分に発車した。
大宮からは速度も落とすし、東京駅に列車も詰まるから、遅れはそのまま東京に到着。
東京からの乗り継ぎを2本後の19時21分発「のぞみ105号」にしておいたから、余裕はある。
6号車8番DE席に着席。
発車まで5分程時間があったから、ホームの売店を覗いて見たが、崎陽軒のシウマイは売り切れていた。
列車が発車したから、盛岡駅で買っておいた駅弁を並べる。
https://twitter.com/sylvian3/status/1632328262147010560?t=8Qa6newlvYsInTTSFOKpCg&s=19
大館駅「花善」の「比内地鶏鶏めし」と一ノ関駅「斉藤松月堂」の「いわてあぶり焼き和牛弁当」
車販からビールも買い、のぞみ呑み。
久し振りに大館駅「花善」の駅弁を食べたが流石に旨い。
初めて食べた時は高校生で、弘前から乗車した50系客車の車内で頂いた。
しかし「のぞみ」のぞみ最高時速は285キロメートルと「はやぶさ」より遅いのに、揺れは「のぞみ」の方が酷い様な気がする。
まなにゃーさんも感じていたみたいだが、東北新幹線に比べて東海道新幹線は設計が古いから仕方がない。
名古屋の手前で車内の掲示板に運転見合せの案内が流れた。
【03/05,20:48現在】
運転再開見込み時刻のお知らせ
"小田原駅で線路内に人が立ち入ったため運転を見合わせています。
20時38分、警察、係員による安全の確認と設備の点検が終了しました。
運転再開は20時50分を見込んでいます。"
https://twitter.com/JRC_Shinkan_jp/status/1632347464400515072?t=V7-tlivx0EiowS4cueN0fA&s=19
幸い、小田原の話だったので特に問題もなく発車。
関ヶ原を過ぎ米原を通過。
漸く、関西に帰って来た。
呆気なく滋賀県を抜けて京都到着のアナウンスが流れる。
網棚から荷物を下ろす。
そして21時32分、無事京都に到着。
地下鉄には乗らずタクシー乗り場へ向かう。
地下鉄だと次に乗車出来るのは21時50分。
タクシーならその時間には汁パレスに着いているだろう。
戦利品。

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