2つ前の日記に「誰しも何かしらに依存している」と書きました
紐解くと、依存していることにすら気付かないこともあると思います
何気なく考える、ふとした時に思い起こす、意識せずに選ぶ
皆、依存か、あるいは依存の一歩手前であると思います
忘れられないのはそれだけ拘った証だし、手元から離れて焦燥感に襲われるのもおそらくソレだと思います
私は依存が強い
物にせよ、人にせよ
失うのがとても怖い
それが大切であればあるほど怖い
守る為なら、多少私は冷酷にもなる
言い換えれば、それは愛情の代償
愛情の深さと失う恐怖は比例する
飄々としている人は、それだけ拘っていない、愛情を抱いていないのだと思う
同じことを相手にも求めてしまう
ギターは無口だけど、時として己の不具合をそっと告げてくれることがある
誰も信じてくれないけど「ペグがダメになりそうだよ」と聞こえた(ような気がした)
数日後、本当にペグが壊れた
ギアの歯が飛んだんです
そうそうあることじゃないと思います
ギターの声が聞こえたようで、壊れたギターを直しながら少しだけ嬉しく思ったことがあります
それ以来、ギターの声は聞こえない
「好き」だと言う言葉に「好き」と返して欲しい
自発的に、仕方なくではなく
何なら私が「好き」と言うのと同時に「好き」と言って欲しい
このシンクロが依存の第一歩だと思います
私が恐れるのは「嫌い」ではない
「興味が無い」なんです
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