今日は神社で撮影だったんだけど、いつも思う事がある。
有名な神社ほど、撮影に厳しい。
何故ならば、神様に失礼だから。
でっもー、それってさ、神様有りき、って事だろ。
つまり、非科学的で、言ってみれば、宗教という精神世界の話であるにも関わらず、神様がそこにいる、って言う前提での話だわな。
でもさ、信じてない人間にとっちゃ、馬鹿馬鹿しいだけなんだよね。
でも、面倒を避ける為に忖度して、付き合ってやってるだけだわな。
だいだいさ、宗教毎にも違う訳で、例えばキリスト教徒にとっちゃ、神社のしきたりや、様式なんて、どうでもいい、てか、異教なものに従う所以なんてなかったりするよね。
でも、郷に入っては郷に従え宜しく、忖度して、付き合ってやってるに過ぎないよね。
なのに、なんだわ。
時々、上からから目線でうるせい神主やら神官やらいるよねー。
はっきり言って、おいらからみて宗教なんてもんわ、単なる冠婚葬祭用の様式美に過ぎず、極端な話、どの宗教も全部カルトです。
そう、無くてもいい、寧ろ、邪魔に感じる事の方が多い。
そう思ってる人間、実はかなりいるんじゃね?。
だから上から目線で押し付けられると、はっきり言ってムカつきます。
そして、余計、宗教が嫌いになり、信じてる人間が、皆んな馬鹿にみえて来る。
これ、本音です。
少なくともおいらにとっては全く必要ありません。
これまた、そう思ってる人間も、かなりいるんじゃね?。
言わないだけでさ。
てかさ、押し付けて来る時点で、信教の自由に反してね?。
なんて思ったりするんだけどね。
ま、要はさ、自分達がやり易いように、従わせたいだけだわな。
だったら、寧ろ頭下げてお願いして来るのが筋ってもんじゃねえの?。
なーんて思いつつ、いつも撮影“させて頂いている”のでした。
可哀想なのはお客さんですな。
だって、暗い、逆光、三脚使えない、あれはダメ、これはダメ、こっからこう撮って、見えない、被ってる…、なんて、悪条件の中、いい画が撮れる訳ないんでさ。
でも、料金はきっちり頂きますよ。
こっちとしては、撮れるものを撮るしかないんで。
クレームは神社へお願いします。
か、そういうもんだと、諦めて頂くしかないですな。
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