逆上がりは価値がないからできなくてもいい目標です。
でも計算や読み書きの根幹にかかわることだったら? できるまでやるほうがいいはずですよね。何回か練習したりドリルを1ページ終えたら「これでしなくてすむ」じゃダメですよ。
逆上がりを「これでしなくてすむ」と思うまでやらせると、学習の根幹に関わるようなことでも同じ発想・姿勢になってしまう子が生まれます。昔も大量にいたし、今も大量にいます。学歴社会だの受験戦争だのという仰々しい言葉がアホらしくなるくらい、ほとんどの子どもはアホ量産体制に飲み込まれています。
答え合わせすらしないし、間違いのやり直しすらしないんですから。そんな個体は競争で勝てるはずもなく、「自分はいつも報われない」などと当たり前のことを愚痴るようになるのです。不正解かもしれない学習を積み重ねてなんの意味が?
学校の教員の多くが、「勉強時間を使わせた」という証拠だけを重視します。無駄な書き取りや無駄なワークが大量です。答えを渡さない狭量な者共が圧倒的多数派です。わずかに良心的で力量のある方がいます。でもそういう良質な指導者を学校では選ぶことができませんよね。理不尽です。
子どもたちもアリバイづくりだけするバカに作り変えられてしまいますよね。答え合わせすらしようとしないのは間違いなくバカです。大人たちも一部には身に覚えがあることと思います。たぶん8割くらいの大人が。
逆上がりは、一定時間を目標に向かって費やせばいいというたぐいの課題です。達成できなくてもかまいません。ほかの教科でも、言ってしまえばすべてが達成は必須ではないのですが、なかには将来に重大な影響を及ぼすものもあるわけです。
「17万円ー8万円でいくら?」「11万円」
これでは何一つ仕事を任せられません。そんな大人を選んで働かせたい経営者がいるわけがありません。
子ども本人が辛かろうと、限界まで努力させなかったら気の毒です。
できれば、自分で間違いを見つけ、正して、学習できる子にしたいですよね。
気持ちのことはわりと二の次でいいからさ。最初に取捨選択して、ぎりぎりまであきらめない事柄を絞りましょうよ。そのうえで、気持ちのことも考えていったらいいのです。心が折れたり、傷を負ったりしない程度に調整するんです。
「17−8=11」とする子どもはいますよ。学年が100人いるとすれば数人います。中学でもです。
「123456は9で割るといくつ余る?」とか「123456は3で割り切れる?」
とか聞くと1分経ってもわからない子は50人から70人くらいはいるでしょう。中学でも。
「sin39°と大きさの等しい90°以下の余弦は?」がわからない高校生もわんさかいると思います。三角比の単元が終わって半年経てばすごい人数になるでしょう。直角三角形を書きもしないんですよ恐ろしい。
将来いったいどんな夢のある仕事が待っているのでしょうか。そりゃあ、数字をまったく使わない仕事もあります。三角比と無縁に生きていく道もあります。でも「将来の夢はプログラマー」なんて言っているわりと多数を占める子どもの夢は明らかに潰えますよね。
英語は? 国語は? それらなら自分で間違いを直し、自らを育てることができるの? 算数・数学でまったくやらないアホが、ほかの教科ならやるの?
勉強という苦痛から逃げるために勉強するという本末転倒だけは、避けなくてはいけないですよね。
子どものころには学び方がダメダメだった個体が、大人になって学び始めるケースもあります。わりと多くあると思います。それってたぶん、子ども時代にきちんと指導されていたらまったく違った人生になったかもしれない人たちなんじゃないでしょうか?
子どもたちの将来や日本の社会のためを考えない教員が昔もいて、今もいます。教室運営だとか、自分の権威だとかが大事で、ものを考える力が乏しい個体が指導者をやっています。いなくなってほしいと強く願います。逆上がりなんかしつこくやらせるのはダメ教員ですよ。
学んで、自分の能力を増やしていくんです。強くしていくんです。ゲームでキャラを育成するみたいに楽しんで育てるんです。そういうサイクルを作ってやりたいですよね。
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子どものためって、本当に子どものためになってる? 教師と一緒に逆上がりを練習した“生徒の本音”が考えさせられる
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=6992086
逆上がりができない子がいて、教師は一生懸命その子に休み時間や放課後などを使って指導した。ある日ついにその子が逆上がりができた。教師は感動、子どもからも喜びの声が上がるかと思ったら…「これで練習しなくて済む!」
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