児童、障害、介護等ジャンルを問わず福祉は様々な人がそれをしたいと言う事で入ってくる事が多いです。
児童福祉や障害者福祉(ここは児童も被る事が多い)等は、いろんな理由からそこでの従事を望む人、ステップアップや将来の為に入ってくる人等が多い業種の一つですが、それに反して給与水準は低いですね。
勿論、給与をあげるべく努力をしてる所がほとんどですが、中には給与水準を上げたり、報酬や費用、またコストを適正に受け取る、従事者や運営者が適正な報酬を受け取る事を否定する輩も居ることは事実です。
そういう人物はアットホームな運営とか、真摯な対応、介護等を口にしてあまり大きな体制を好まないなんてのはありますし、利益を出すことを憎悪したりしてる節もあります。
しかし、その組織や団体を統べる人物達はだいたいが金持ですし、労働者の給与をピンはねレベルで掠め取って自分たちの懐に入れている人が多いですね。
もし仮に、新興(ここ十数年位?)の福祉事業者が居て頑張ってますと言う人が近づいてきたら自家用車や家やその他の施設を調べると面白いと思います。
高級車両だったり、なぜかリゾート地域に持っている野外施設なんてものが結構でてくると思いますよ?
つまりは、私腹を肥やすことはしてるって事なんですよね。
なのに、従事者や運営者には清貧を強要してるって事なのです。
また、加えて言うと多くには革新系(ネオリベ系)の政治家や政党と繋がりを持とうとしてる人が多いですね。
これは自民党内のネオリベ系も同様で、自民党の政治家や代議士と懇意だから安心とは限りません。
その上、様々な媒体を使いアットホームで人間的な介護や福祉の提供なんて言いますけれども、実際には従事者が奴隷労働、最低賃金ギリギリで重労働で動いているだけなのですよね。
この様な状況にしてしまっているのは、福祉=至福のご奉仕なんてイメージを流布したメディアの責任も大きいとは思います。
福祉事業をするには、それをするための施設や設備、備品、またプロフェッショナルの知識や技術が必要です。
これは、資格とりましたはい、身につきました!なんてもんじゃないですね。
保育、介護、介助等様々な資格はその後に積む経験の為の基礎知識、スタートラインでしかないのです。
その状況の人はまあ、素人よりうまい程度だったりしますから後は経験と知識、それを活かすスキルと柔軟性ですかね?
これらを持った人は本来、高給でないといけませんし、高給である理由はスペックの維持とそのスペックの向上に使ってもらう必要があるからですね。
休養がしっかり取れないと意味はなしません。
また会社や団体、事業所等が補助するスキルアップの費用や時間だけでは自分の給与をアップする事ができないのはどんな職種であっても同様と思います。
ですので、自分のスキルアップ、グレードアップのために給与を使っていくのもまた手なんですが、これを否定するような風潮を植え付けたのもまたメディアですね。
奉仕する精神や博愛精神が足りない!と給与のアップや適正な報酬を求める人を否定したりときには罵倒レベルの事を言うひとが知識人枠ででてきたりする様な状況を作り、さらには著名人枠で介護は昔は誰でもやれていた、金をもらう方がおかしいと言う意識を広めたり保育、児童福祉はただ単に子どもと遊んでいるだけみたいな意識を蔓延させてきたり。
その様な事が続けば、金を稼いでも給与のアップや待遇改善を言うのは不可能に近い空気ができてしまいますし、嫌ならやめれば良いになります。
ところが、それでも不況初期やまだ福祉全般に可能性がのこっていた時期ならば、ひとの補充はできてきますが、しかし一変するのは2011年の震災以降。
本来は特殊スキルが必要な児童福祉、保育士、また介護、介助などの専門家が激減する時期があったんですね。
震災での犠牲者も居ますが、維持できるだけの状況じゃありません。
関東もかなりの被害を受けていたので、福祉では食っていけない、場所がないなどで辞めて別業種になるひとも多かったのはありました。
そして、そんな状況に対して福祉に詳しい今一般人の元政治家が大臣だったが為に、ボランティアに任せる!ボランティア最高!をやらかしたのはあります。
ボランティアはまさに志願兵であってスキルや知識は二の次でやる気だけの存在。
それでもできた!ならすごい!別に給料高くなくていい!みたいな風潮もできてしまったんですよね。
この罪はでかいんだよな、高槻のだれかさん。
そういった状況でなおのこと家族で介護すりゃいい、地域でみりゃあいいを加速させてしまったんですが、そういう時代でもない。
結果、人手不足、技術不足の福祉従事者が増えていく訳ですけれど、それらが自分の充足感をごまかすために「お金なんか二の次!」みたいな綺麗事を世間に言うんですよね。
そうなると、今度は余計にお金を必要としない、なら生きてける最低限で!になっていく。
結局、出資者を気取る存在やその団体や組織を統べる存在だけが金をもっていて、職員や従事者、運営者の給料がかつかつなのに、いわゆる社長、理事長が高級車に乗ってブイブイ言って遊んでいるって状態になるんです。
この時点で、ボランティアや低賃金で福祉に絡んでい自己満足美談を放つ存在が非常に傍迷惑な存在になってきていますし、そういう存在をもてはやすメディアや政党だ政治家だも傍迷惑な存在になる訳です。
現状、この様な低賃金だけで博愛精神でご奉仕!みたいなのをやたら褒めそやすのは共産党(の関係者等)だったりするんですが、彼らもまたカツカツなお金で謎の使命感といびつな正義感で動いているのですよね。
だから、それを肯定する存在がほしい。
なのだが、彼らも見てみりゃ党の代表は豪邸住まいのお金持ちですし、幹部は安泰の選挙戦術を取っている。
要は搾取されているのに、それを認めないようにしている、認めるとそれまでの人生が壊れていってしまうから、よその搾取構造を褒めて褒めて、維持させていく事になっているんですよね。
それはそれで生地っか地域に住んでいるひと達って事で非常に否定しきれない、排除しきれない上に、日本人というか戦後日本人特有の頑張っているんだからいいじゃない理論で修正も訂正もできないのですよねえ。
それらもまた傍迷惑で福祉や公共の利益に類する仕事の人たちが待遇が改善されるどころか改悪される要素になっているのは有るわけでして、この戦後教育で歪んだ博愛主義の是正が必要なんだが……。
80年近いからな、この病は。
儂が生きてる間は無理じゃろう、なんて所ですが数年以内にこの変な博愛主義や友愛精神の所為で日本中はおろか世界中の福祉は壊滅しますよ。
だって、従事するってただの苦行だもんw
なので、そうそうに福祉界隈の改善は待遇や給与、報酬や政府・行政の財政出動による支援の他に、この歪な悪夢とかした博愛主義や友愛精神の是正をする必要があるんですよねえ。
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