mixiユーザー(id:157948)

2021年10月14日15:20

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メモ:敵意帰属バイアスとは

 りりまんさん、ありがとう。
https://www.ririmann.online/outlook-on-life/hostility-attribution-bias-and-is/

◆

敵意帰属バイアスとは、「敵意」とつくだけあって、周りの人達の意見が『悪口』や『嫌み』、それに似た内容に感じてしまう現象です。

(略)

特に以下のような人は敵意帰属バイアスに陥りやすいと言われています。

陥りやすい人の特徴
自己肯定感が低い
コンプレックス・トラウマがある
視野が狭い
自信がない
人生経験が浅い
総評すると、自分を認めてあげる余裕がない人と言い換えることができます。

様々なことに自信がないから、他者からの意見は「自分を陥れようとしてるに違いない!」と思い込んでしまうのです。

弱い自分を守るための、一種の防衛反応とも言えるでしょう。

そして、ここが重要なのですが「理解不足」や「説明不足」が原因ではないということをきちんと理解しておきましょう。

これを理解していないと、もし敵意帰属バイアスの人と対峙した場合、話は平行線を辿るだけになります。

その人なりに話は理解しているのです。

より根幹の認識に歪みがあるから「敵意」や「悪意」を感じてしまうのです。

(略)

敵意帰属バイアスに陥っている人は、とにかく相手の意図している気持ちを違う感情で受け取ってしまいます。

具体例は以下の3点です。

ただの質問なのに、ディスられたように感じる
褒められているのに、嫌みに感じる
不可抗力なのに、意図的に感じる

(略)

「相手」が 敵意帰属バイアスに陥っている時の対策
�ー�分の意見を説明しない
�△任�れば関わらない
�J垢�手にまわる

あまり仲良くない人の話を一生懸命聞いて、「この人を改善させたい!」と思う人は少ないでしょう。

つまり、基本的に敵意帰属バイアスに陥っている人とは関わらないことをおすすめします。

冷たいように感じますが、双方が関わっていて得することはありません。

ゴールのない議論を繰り返して時間を浪費させてしまうぐらいなら関わらない方がましです。

◆

(超耳)

 言いにくい指摘を、嫌味にならない言い方でズバッと言ってくださっていますよね。
 とりわけ原因部分がすっきりとわかりやすい。
 「自己肯定感が低い/コンプレックス・トラウマがある/視野が狭い/自信がない/人生経験が浅い」というのは要するに「考える力が弱く能力全般が低い」ということです。
 これらを安易に努力不足だからとしない点も、記事の書き方として正解ですよね。

 とは申せ、努力不足が原因の大半を占めていることは想像に難くないことです。さらに努力が人並みかそれ以上だったりしてもさまざまな要因で同じ状況に陥ってしまう方もいることも事実だと思います。私も基本そのつもりでいつも日記を書いております。
 努力不足の人たちには希望があるんですけれどね。努力すれば改善できるんだから。それ以外の要因の人たちは医師であるとか、福祉の手助け、周りの理解が必要だから、当人は祈るように待つしかないのが辛いところだと推察します。

 自分が敵意帰属バイアスを持っていると感じるなら、解決方法のベストは「学ぶこと」に違いありません。そもそも自分の感じ方がおかしいと気づけばほとんど解決に近いことですしね。学びによってバイアスそのものを緩和できるというわかりやすいケースだと思います。さらに学ぶことで有能に近づくことができる。苦手な分野で努力するのではなく、苦手を除いた分野で伸びたらいいんですよね。自己肯定感も増すことで他者への余裕が生まれる。現代ではおそらく大多数の大人がそうやってなんらかの学びを心がけることで余裕を生み出そうとしていると感じます。(たとえば流行にいち早く乗る、というのだって、この文脈上においては、有効な学びです)

 敵意帰属バイアスを持つ他者と出会ったら? という疑問にも明快に答えを書いてくださっているなあと感じます。
 遠ざけること。
 いいですよね。ただし職場で出会ってしまうなどして不可避の相手もいるものです。メモからは省きましたけれど、「こちらの意見を言わなければ、口論になることもない」という身も蓋もないけれど実用的な解決策を書いてくださっています。
 「こちらの意見を言わなければ」っていうの、ほんとうに可能でしょうか?
 私は可能だと思っています。驚くべきことですけれど。
 「質問に対して返事をしない」ということがベストのケースがあるのです。相手が無能で、しゃべりたい欲求だけでしゃべっているときです。質問していながら返事をすると怒ったりヒートアップしたりする。そういう人が一部に(けっこう高い割合で)存在します。矛盾に満ちていますが、存在します。
 相手が答えを欲して質問しているのなら、答えていいと思います。
 話は逸れますが、答えを期待しての質問に対しても貝のように沈黙する人がいるんですけど、たぶん多くの人は心当たりがある程度に存在していませんか? 原因はなんだろうと考えたときに、今の話に結びつくのかなと思います。おそらく身近な人(親など)に敵意帰属バイアスに凝り固まった人がいるんでしょうね。身近な相手が敵意帰属バイアスを持ち、しかも立場が上だったりする。そうなるとパワハラに脅かされている状態がずっと続きます。相手に怒りに火を付けるくらいなら黙っていてバカのふりをしているほうが得だ、という負の学習をすることになります。違うかなあ?

 SNSでは、実利の世界に関わらない限り、相手の敵意帰属バイアスに合わせる必要はまるでありません。いくらでも敵意と受け取ってもらっていいわけです。
 なぜなら、私たちが視点を合わせるべきは敵意帰属バイアスにまみれた当人ではないから。それ以外の人のために、会話を組み立てるべきだからです。まともに話を聞いてくれる人、知らないうちに離れていってしまうことなく付き合いを続けてくれる人のために、私たちは自分の時間を使うといいんですよね。「相手」が受け取らないのなら、受け取らないでもいい。(受け取るほうが望ましいに決まっていますけど! でも相手が選んで受け取らないなら、しょうがないし、それはそれでべつに平気なわけです)

 私はなんだか甘いところがある個体のようなので、敵意帰属バイアスまみれの人の一部はまだまだ引き返せるんじゃないかなと感じています。なにかのきっかけで学び始めることができるんじゃないかなと思います。
 丁々発止の言葉の攻防がきっかけになる人もいるでしょう。でも少数でしょうね。
 「あんなふうになりたい」と思う個人に出会う偶然がきっかけになるかもしれません。
 逆に「ああいう人生だけはいやだ。自分はああなりたくない」という他山の石の効果によってきっかけをつかむかもしれません。これがいちばんありそうなケースかなあ。
 映画やドラマや漫画でも、そういうきっかけになることはあると思います。でも圧倒的に小説がそれになる近道でしょうね。内面心理をたとえば数百文字を費やして書ける。そして読み手はその情報を数秒や十数秒で受け取れれる。映像に重きを置くメディアではできません。内面の「気づき」は遠い。「視野が狭い」ままでも映像メディアを消費することはできる。というか、楽に消費するように作るしか道がないので、そう作られている。
 たくさんの「気づき」をすでに手持ちにストックしてある人は、映像メディアを通じても、何も語られなくても、どんどん発展させることができるんだろうと思います。そういう人も一部に(人口の10%未満程度かな)いると思います。本も読む、映画もドラマも見る、というタイプですね。

 またちょっと話がそれるんですけど、「本を読む」とう話題が出るだけで怒りを覚える人もいるんですって! それどころか知り合い程度の人が空き時間で文庫などを取り出して読んでいるの見るだけで不快になるんですって!
 敵意帰属バイアスというものがアグレッシブに働く好例かもしれません。
 自分が本を読む習慣がないことが劣等意識をつねに刺激しているので、まるで傷口に塩を塗るように痛みを覚えるのではないかしらん。
 上記で述べたように、「学ぶ」人ならそもそも陥らないし、今から学び始めることで一瞬で生涯解放される劣等感に過ぎないんですけどね。それを何十年生きても越えられない人もいる。そのまま死ぬ。

 遠ざかりたいし、遠ざけたいものですね。できれば絶滅させたいと強く願います、敵意帰属バイアス。おもに学ぶことによって。


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