折々のことば:2095 鷲田清一
この本こそ私一人のために書き残されたのだ、という読書の体験をもたないひとは気の毒な、不幸なひとだ
(唐木順三)
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優れた書物は、読む者に、これはこの私に宛てて書かれた本だと信じさせる力をもつ。つまり、各人が自分の問題を突きつめていった先で出会う、その意味で逆説的にも普遍的なものである。いや、出会うというより、通りすがりにいきなり胸ぐらを掴(つか)んで、これだけは読んでおけと迫ってくるヤバイ本である。随想集『朴(ほお)の木』から。
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上記は、今朝の朝日新聞にけて歳された、鷲田清一さんの「折々のことば」の全文である。
唐木順三さんは、京都帝国大学文学部哲学科を卒業した、日本の文芸評論家であり、哲学者、思想家であり、また西谷啓治先生の友人である。著作に『千利休』『無用者の系譜』『朴の木』『中世から近世へ』『無常』等がある。
その文体は、京都学派の哲学者らしく難解であるが、どこか人を惹きつける文体でもある。�猴イ譴申駟�は、読む者に、これはこの私に宛てて書かれた本だと信じさせる力をもつ�瓩箸いο錨沈彊譴気鵑離灰瓮鵐箸砲�頷けるものである。
わたしは、30代の頃『唐木順三全集』を探し求めていたことがある。唐木順三さんの全集には12巻ものと19巻ものがあって、わたしが探していたものは19巻ものであった。
今はなき梅田第一ビルの日本の近代文学専門の古本屋で見つけて購入したことを覚えている。店主に唐木順三さんの全集はないかと尋ねてところ、うしろにあるではないがと19巻ものが積んであったのであり、思わず�倏磴Ν瓩噺世辰討靴泙辰燭海箸魍个┐討い襦�
『唐木順三全集』はこの部屋にも持ってきてある。ただ文庫版の唐木順三さんの書籍はすべて売ってしまったが。
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