学校には地域により色があり、時代により波がある、というのを最近知った。
小学校も中学校も日本全国を何回か転校した人は知っていることかもしれない
地域と時代により、その人が送ってきた学校生活が違う。
だからこの話も異論百出する
いい学校時代を送った人は学校はいいものだ、と思う。
最悪な学校時代を送った人は学校に無理に行くことはない、と思う。
私は最悪な学校時代を送った上に無理やり殴られて行かされたので
本当に学校が嫌いだ。
しかし世の学校が全部ひどいわけではない。
千代田区の小中学校と、
栃木の小中学校、
沖縄の小中学校
その1980年、1990年、2000年代
それぞれが全く違う生徒になる。
1980年代はツッパリの時代である。バカでも落第でも仕事があった。クラスは45人x15組とか
1990年代はバブル崩壊でシンママ家庭が増えた。しかし仕事はあった 45人x10組と少子化が
2000年代はITバブルや不景気が連続した時期で、貧富の差が学歴に反映し、クラス激減か45人10クラスなどの地域差が出始める。
80年代は工場生産のような教育で、ハマらない生徒はビンタ。それで反抗期が起きる。
90年代は急激に貧しくなって、子供は突っ張る余裕がなくなる。
2000年代は学歴=就職となって、子供はゆとり教育などの改革で楽しい時代が多い。
だから私がいた工場地域の80年代の学校は本当にひどかったわけ。
税金欲しさに工業団地が利益誘導で導入され、
廃村に突然数10万人の工場労働者家族が来たから
教育現場は大混乱。
突然8割の移民がほかの県からやってきた。
だからまともな教育など望むべきもない。
能力があろうがなかろうが、画一教育にならざるを得なかった。
千代田区の小中学校なんて、平和で楽しいものだ。
時代も地域も違う人が、学校はこういうものだ、と押し付けるのは
おかしい。名前は小中学校でも、環境がまるきり違う。
沖縄は中でももっとも貧しい。ドーピングでやっと生きている状態で
学生生活も楽しいかどうか、わからない。
本土と沖縄、という気持ちがあれば、本土の教育を無視してもかまわない
という感覚もあるかもしれない。
琉球を知っているかどうかは別として
学ぶ権利をどう行使するか、という話になっているが
現実を言うと
日本国で16歳未満の未成年には人権はない。
多少の権利があるが、人権がないから選挙権もないし、
結婚もないし、保護者の監視付きでないと社会を歩けない。
学校も義務教育という名の思想強要である
社会システム上人権がない子供に対して
あたかも学校に行かない権利があるかの如く
話すのは、おかしなことだと思う。
行かないという権利はない。
行くという日本国のシステムの強要はある。
義務教育を受けて、日本国民として洗脳されなければ
社会システムで保護されない。
つまり、働けない。
中学校不登校100%だと、内申が0になるので
高校へ進学するのが難しくなる。
仮に登校ゼロで大学まで行けたらなかなかだ
余談だが、学校嫌いな私でも大好きな学校がある。
フランスのソルボンヌ大学だ。
ここは本当に楽しかった。
日本人はクラスに私だけだったから(笑
■EXIT兼近の持論がゆたぼん中学校不登校宣言で「最も心に響いた」と称賛された理由
(AERA dot. - 04月26日 18:55)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=6498208
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