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2021年04月19日21:12

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ツイッターにおける言語文化。

いわゆるツイ民が苦手で距離をとっている。ちょっと大袈裟というか、誇張的というか、いわゆる嘘松に代表される大喜利めいた自己表現の応酬に近寄りがたいものを感じるのだ。

ただ、彼らは短い文章を短時間で紡ぐことを繰り返すだけあって、言語センスが卓越している。先日、女性アイドルか何かの写真を評して「とうとい(ここでは平仮名だった)」という表現を見かけ、ちょっとおもしろいと思った。私の琴線に触れる表現だった。美しいでもなく、かわいいでもなく、貴重でもなく、その人にとっては「尊い」のだ。憧れの異性アイドルの、いろいろな意味で切り抜かれた一枚を表するにあたり、心情をこれほど端的に表現する言葉は見つからないかもしれない。

残念ながら、この記事の引用の中には私の琴線に触れるコメントはないのだけど、ツイッターは他のメディアやそのコメント欄とくらべて、明らかに表現のレベルが高い。ある種、一級のコピーライターのような感性の持ち主が散見されるのだ。

2chの全盛期もそれに近いものがあったが、それは紡がれた言葉が揺蕩う様や、意表を突く掛け合いに面白さがあった。書き手たちが意図するにしろしないにしろ、文章としての、あるいはエンターテイメントとしての面白さといえた。

ところがツイッターの言葉は、一語で場を成すような、研ぎ澄まされた感覚がある。そして物語や掛け合いとして面白いのではなく、言葉そのものが深く鋭く、印象に残る。まだ私自身もうまくは言えないのだけど、ツイッターの言語感覚は、日本人古来の独特の言語感覚と合わさり、文学すら越える何かを生むような期待がある。


■確実に「何か」が降臨してる... 荒海の中に立つ大洗の鳥居が神々し すぎる
(Jタウンネット - 04月19日 20:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=241&from=diary&id=6489781
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