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2021年03月12日01:18

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危機管理方法が少し変わりました

2011年3月は父の葬儀が9日にあって、ホテルに泊まっていたら
なんか気持ち悪い夕焼けだったので10日に都内に帰ってきた。
すると地震があってマンションからいろんなものが落ちてくるではないか。
しっかりデジカメで録画した(笑
この程度の揺れはよくあることなのだが、いつもよりかなり長かった。
もし新宿新都心のビルが倒壊とかしていたらもっとひどいことになっていただろう
幸いなことに都内でビルの倒壊が一棟もなかった。
この時点で道を歩けば少なくとも移動できるというのは幸運だった。
続いて千葉のエネオスの精製所が止まったという。
ガソリンがなくなると思い近くのスタンドでまず満タンにした
翌日はガソリン給油の大行列となった。

TVはなんでも情報を流すが、見るほうがきちんと取捨選択すれば
危機管理に使える。

次に気仙沼のガスが爆発して燃えだした。
津波で電線やガス管がむき出しになったりしたら、そりゃ爆発する。
東北は、もうだめだろう、
もし都内高層ビルが倒壊していたら、同じような火災が起きたかもしれない。
夕方に食料の手配。
目立たないよう、スーパーでお菓子や保存のきくもの、飲料水を買い込む
できるだけ素早く、できるだけ大量に。

3日後、福島第一原発が爆発する。
300�匕�内は死の灰からギリギリ助かるので、サイロが大爆発しなければ
いいかと思ったが、サイロが爆発しなかったこそすれ、割れた。
上が持ったが下が持たなかった。
メルトダウンした核燃料が地面を突き抜け、エイリアンの体液のように
どんどん地下に流れ込んでいるようだ。
こうなると木の根っこ掘るような物で反応している限り自然半減を待つしかない。

大爆発時の放射線量をいかによけるかで、たまたまビルの地下か、陰にいたときに
爆発したので第一放射線は大丈夫だったろう。

チェルノブイリ級のサイロ崩壊が起きたら、都内でもガンマ線で被ばくするのは
間違いないので、コンクリートの壁の裏に隠れるしかない。

事務所が鉄筋コンクリートだからここがいいだろう。
再度ガラガラのスーパーでお菓子等を買い込み、
防犯して社員に留守番を頼んだ。
ボロアパートに歩いて帰るより23区の事務所の要塞にいたほうが安全だからだ。
TV、ネット、ナイフもトーチもガスコンロもある。
23区の停電は管理されてある程度確保されるだろう。

そういうわけで子供がいたのでその日のうちにホテルを予約して脱出
ホテルといっても駅近はないのはわかっていたので
自動車移動である。
行先は名古屋。
300�匕�外で、石油の精製所があるからだ。
少なくともここまでノンストップで行ければインフレや食糧不足に
なることはないだろう。
この日のためにC180の燃費のいいベンツワゴンにしておいたのだ。
名古屋まで腰も痛くならず、ノンストップで、まだガソリンはある。
給油してホテルを転々とする。
みな電車避難民なので駅から遠いホテルは安く取れた。

原発がどうなるかわかるのは30日くらいだろう。
30日経ったら、戻る。
サイロが崩壊して都内全体が被ばくしたら、自分だけ戻って一度後片付けをする。
そういう算段だが、なんとか崩壊はしなかった。
あれはやっぱり運がいいと思う。

名古屋からなら、陸路ですぐ帰れる。
大阪まで行ってしまうと、状況がつかみづらくなるのでレベル3の作戦範囲になる。

4/6頃になり、原発もサイロ大崩壊の危機は過ぎ去り、
東京まで死の灰が降る懸念がなくなったので、戻ることにした。
諸々の入金日が近いからだ。
こういう時火事場泥棒が出る。

そして4/11、火事場泥棒が出た。
大口入金先が計画倒産でトンズラしたのだ。

その日からあとからあとから出てくる火事場泥棒との戦いが始まった。
危機管理よりも、危機が過ぎ去る前後のころのほうがよほど危ない。

今は状況が変わり、当時と同じ方法にはならない。
電波事故を考えないといけない。
携帯電話が使えない事態、
googleマップやナビが使えない事態を考えて行動しなければならない。
地図がなくても目的地に辿りつけれるような訓練は、多少はしておいたほうがいい。




■東日本大震災から10年 避難者なお4万人超え
(朝日新聞デジタル - 03月11日 05:15)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6441468
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