■京阪の「降ってくる座席」終了へ 満員電車緩和の名案
(朝日新聞デジタル - 12月12日 10:36)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6340203
京阪電気鉄道の5000系と言えば、ちょうど50年前の昭和45年の暮れに登場した5ドア車であり、記事も紹介するように大都市圏では折からのラッシュ時の過密輸送が深刻な社会問題となり、輸送力の強化が課題だった中、編成ごとの車両数を増やせない中(当時の京阪は架線電圧が600Vで電流量などの制約があり、7両編成が上限だった)乗降に要する時間を短くし、さらに座席数を減らして定員を増やすことを眼目に設計された車両です。その一方、昼間時には他の車両と同等の設備とすることも可能とすることから各車両の第2、第4ドアを締め切り、車内のドア上部からスライドして座席が降りて来る仕掛けを設えると言う仕掛け、つまり、座席昇降装置を装備して終日の使用に対応させる設計とした車両でもあります。私は東京の人間であり京阪を利用した経験はほとんどないのですが、2、3回座席を下げて3ドア状態で走っていたのをなるほどと思いながら見たことがありますね。
こうした「多ドア車」(一般的に、首都圏や京阪神圏の国鉄(→JR)、私鉄、地下鉄などの路線では通勤、通学対応の車両は3ドアか4ドア)はこの電車の登場の後暫く途切れますが、平成初頭となり首都圏のJRや私鉄などで朝夕のラッシュ対策として多く登場し、地下鉄日比谷線と東武伊勢崎線では当時の8両編成の一部の車両の両端2両ずつを3ドアから5ドアとし、山手線の205系が11両編成に増強される際に内回り基準で前から2両目に6ドア車(座席折り畳み機能付き)を導入、京王線では5ドア車両の5両編成を4本導入、後に6ドア車は京浜東北線や横浜線、中央・総武線各駅停車、埼京線(とりんかい線)、更には東急田園都市線(とその相互直通路線各線)に拡がりました。
一方では、小田急線や地下鉄東西線では4ドアのままでドア幅を大きくした「ワイドドア車」を投入しましたが、東西線は後年の車両をワイドドア車とした一方、小田急線では思ったほどの効果が得られなかったからか後年に開口幅を2mから1.6mに縮小させる改造を行っており、ラッシュ対策としては「多ドア車」に軍配が上がった恰好となりましたね。
しかし、所謂「東京一極集中化」の流れの中で拡がった首都圏の「多ドア車」も、ホームからの乗客の転落事故の増加などで安全対策上の理由から地下鉄南北線などで導入している開閉式ホーム柵(ホームドア)の導入が各線で推進されることとなり、それに支障することがネックとなって6ドア車を投入した各線では4ドア車への置き換えが行われ、中には製造から10年に満たない6ドア車を廃車して置き換えることを余儀なくされたケースもありました。また、京王線の5ドア車両は一部4ドアに改造されましたが4ドアの新車両に置き換えられ、地下鉄日比谷線は乗り入れの東武伊勢崎線のホームドア設置に車両規格の整理が必要なことから4ドア(20m級)7両編成に置き換えられ、首都圏各線の「多ドア車」は姿を消しました。
最盛期には7両編成7本計49両(昭和55年に発生した中学生による置き石脱線事故で1両が大破、廃車されたので、実際には50両が製造された)が急行や準急などに使用されましたが、京阪でも京橋駅にホームドア設置が行われることとなりドア数やドア間隔の相違で対応できず廃車対象となり、現在は7両編成4本が使用されています。しかし、5扉を開閉させる運用を来年1月29日をもって終了すると発表、京橋駅のホームドアが2021(令和3)年度中に整備された時点までに残る28両も廃車される見通しとなり、半世紀にわたるこの車両の活躍も終止符となる次第。後から多ドア車を導入した首都圏各線の車両が先に退役と言う"皮肉な状況"もありましたが、よくぞここまで、と言うところだと思います。
ログインしてコメントを確認・投稿する