自粛を嫌がる人ほど検査拡大を否定する。
この矛盾は何だろうとずっと思っていたが、答えは「欲望」だったという話です。
「自粛が嫌だ、旅行や食べ歩きして楽しみたいのに、水を差されるのが嫌だ」
ここまでは、まあ、解ります。
未知のウイルスによる伝染病が蔓延している時期ですから、皆が感染させないようにお互いに防衛しあうのは当たり前ですが、人間はいろいろな欲求が満たされないと、苦しいし、辛いです。
じゃ、そういう人たちのためにどうすれば良いのか?
おせっかいですが考えると、コロナ禍を収束させるしか方法はありません。
とはいえ、私は学者ではないので、特効薬やワクチンを作ることは出来ないですし、本当に終わらせる方法がそれしかないといえばないですが。
とりあえずの方法としては、新規感染者を0にして、それによって今制限されている社会活動を徐々に復活させていく、が、対症療法でしょうか。
実際、これは、他のいくつかの国で行って、成功例もあるので、そんなにおかしな方法とは思いません。
と言いうますか、感染症の基本は「検査と隔離」であることを否定する専門家はいないと思います。
ところが、ところが。
なぜか、自粛イヤイヤ~な人ほど、検査拡大を否定する。
それも理由にならない理由で。
「PCR検査は正確じゃない」 (実際には唾液による検査では90%の確度であるとの発表があります。
https://www.huhp.hokudai.ac.jp/news/2020-09-29/
それに抗原検査を組み合わせることによって、かなり確度が上がります。)
「今日、検査したって明日感染するかもしれない」
ま、そりゃ、そうですよ。
でも、そんなことを言ってしまったら、ガン検診や人間ドック等、全ての検査は意味がなくなります。
それに、検査しなければ、確度は「ゼロ」です。
「暇な年寄りが毎日検査に来て、検査機関がパンクしたらどうするよ」
「検査に人が押し寄せてそこでクラスターが起きたらどうなんだ」
なんか、検査会場をコミケ会場とでも勘違いしとるんだろうかって感じですが、そうならないように、優先順位をつけて予約制をとるとか、今、保健所のみを窓口にしているシステムを民間に委託していく、
検査指定機関を制定して、そこで保険適用にする等々、まあ、他にもっと良い方法があるかも知れませんが、調整していけばよいし、それこそが行政の仕事でしょう。
「日本の一億人すべて検査しろというのか」
なんで、こんな極論言うんでしょうね。
つか、それに近いことをやった国もありますが(シンガポールとか)面積も人口も違う日本で物理的に不可能でしょうし、また、検査拡大を訴える人たちでも、そこまで極論を言っている人たちは殆どいません。
(ゼロとは言いませんが、私は寡聞にして知らない、ワイドショーで言ってるなら、ソース教えてほしいの)
感染の多い地域を絞ってとか、必要度の高いエッセンシャルワーカーにとかに集団検査を行う、それによってクラスターをあらかじめ防ぐという意見で、それはどう考えても正しい検疫法だと思えます。
例えば、今月からGOTOに東京が加わり、早速それを利用した旅行者から感染が出ました。
あれね、GOTO利用者にはPCR検査を義務つけての利用とすれば、あらかじめ解っていて地方にウイルスばら撒く結果にもならなかったかもしれませんよ。
もはやテンプレが出来そうですが(作ってる人もいるのかな?)それでも、なお、
「検査は拡大すべきではない、今のままにしろ」
と主張するのなら。
つまりは、コロナがいつまでも蔓延している状態に甘んじて、「新しい生活様式」を受け入れ、安全で効果的なワクチンや治療薬が出来るまでじっと耐える、が回答です。
ところが、ところが。
「自由に動き回らせろ、人と触れ合わせろ」
と一方で言う。
???
です。
えっと…つまり…。
感染者がそこらここらをうろうろして、ウイルス拡げまくって、いつまでもコロナ禍を続けろということになるんでしょうか?
そういうことですね。
実際、反自粛検査スンナを唱えている人で
「私は若くて健康だから感染しても軽症化無症状で済みます」
と書いていた人もいます。
まあ、本人がコロナに罹っても構わないから、パリピして遊びたい。それはその人の価値観でしょうから。
けれど、コロナはうつる病気です。しかも、感染力が高い。
当事者はコロナチョロいと決め込んで、もし重症化して、万が一死んでも、それは自己の選択です(ま、死ぬときに後悔するかもしれませんが)
でも、誰かに感染させてしまって、その人が重症化したり、万が一死んだりしたら…
重症化までいかずとも、実は「重症」というのは人工呼吸器をつけて集中治療室に入っている(またはエクモ)状態で初めてカウントされるわけでしから。
高熱が何日も続き、激しい咳と頭痛で眠ることすら出来ない状態でも、軽症扱いです。
反自粛検査スンナは、PCRについては
「100%じゃないから無意味」と言いながら、
一方で感染に関しては
「ゼロリスクなんて非論理的」
と言います。
矛盾、ですよね。
確かに、車運転してて人ひいちゃうことだってゼロではない。
交通事故があるから車をなくせ、というのは、暴論でしょう。
けれど、事故を起こさないために、交通法規があり、警察は取り締まりをし、メーカーは安全性の高い車を開発しようと日々研鑽を続けます。
「交通事故起こしても、仕方ないから気にすることないんじゃないですか」
って、これは、そういう人たちの努力を無にしていることになりませんかね?
「今は旅行を控えろ」と言われただけで「コロナ脳!自粛警察!」と切れるくせに、感染させることにはあまりに軽い。
長々書きましたが、「自粛自粛言うな!」と「検査を増やすな」の矛盾がなんで生じるのか?
それって、簡単な答えでした。
ひとつは感染者数が増えるのがいや。
検査を拡大すれば一時的には感染者数はどっと増えるでしょう(一時、新宿区の感染者が増えたのはホストの集団検査をしたからです。が、その後、夜の街感染は大幅に減りました)
新宿区のケースで解るように一時的に増えても、そのあとは減少傾向になる可能性は高いです。
でも、増えたら、また緊急事態でもなって移動が規制されたりお店が休みになったらどうしよう。動けない遊べないパリピ出来ない、いや〜耐えられない、です。
もう一つは、もし、自分が万が一感染してて、隔離されたらどうしよう。10日間も外出られないなんて耐えられない、嫌あ〜。
これだけ、ですね。
結局、人間っていうのは、普段いかに冷静でリベラルで他者や社会にコミットしてるような意見を述べていても、いざ、自分がなんらかの既得権を失うことになればエゴが出るのだなアと。
たったの10日間、外に出られず自宅や療養施設にひとりでひきこもることと、誰かに病を感染させること、どっちが重いか?
後者の方がずっと重い筈です。
筈ですが、自分の「外でみんなと遊びたい」欲望が勝ってしまうと、感染して苦しむ他者は視野から消えてしまう。
コロナ禍で、そういう人の浅ましさが見えたのは、なんか良かったのか悪かったのか。
60年近く生きてきて、まだまだ甘いな、人を見る目が無かったなと、コロナ禍で得られた教訓の一つでした。
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