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2020年09月16日21:59

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「〜してあげる」にある前提の影響

「相手が自分に依存してしまう。良い関係を築けていた人は離れてしまう。」という方とのやりとりでお伝えして、納得して頂けた内容を少し加筆して編集したものです。


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「〜してあげる」「〜してあげたい」という言葉が多いことに、引っ掛かりを感じました。

「〜してあげる」という言葉には、「相手は満たされていないから、誰かが満たす必要がある。」という前提があって、そこに「だから、〜してあげる」と当てはめられるような心地悪さを感じました。

「〜してあげたい」と言われても、私は嬉しいとは思えません。
「〜したい」(=自分がそうしたいからする)という言い方なら「満たされていないから」という前提抜きの純粋な「〜したい」と感じられ、嬉しいし、有難いと思います(^人^)


「相手は満たされていないから、誰かが満たす必要がある。だから、私が満たしてあげる。」という在り方だと、
互いの境界線を守りたい自立した在り方の人は居心地の悪さを感じて離れ、
誰かに世話してもらうことが楽だと感じる人は居心地の良さを感じて依存することになります。

*境界線についてはこちらをご参照ください(^人^)↓
【リーディングで学んだこと】自分の流れは自分で決め、境界線を守ることの大切さ
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1973690797&owner_id=65478440

「〜してあげたい」だと当然「〜して欲しい」の人との調和が起こります。
そうでなかった人も、不快でなければその前提を受け入れ、「〜してあげたい」に調和した「〜させてあげる」という在り方になってしまう可能性もあります。

「〜してあげる」には、自分のためにも相手のためにも気を付けたほうが良いです(>人<)

「〜してあげる」「〜してあげたい」は「〜する」「〜したい」に言い換えることをおすすめします。
前提抜きで対等な「〜する」「〜したい」に言い換えてしっくり来ないなら、しない方が良いということです波


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以下は頂いたメッセージの「外側の人の事までは 完全には責任取れない」という箇所に対して返信した内容です。転載して良いか聞いてくださったので、こちらでもシェアします
↓

責任は権限と表裏一体で、流れの権限・責任は本人がとらなくてはいけません。
外側の人の流れの責任をとると、権限を奪うのと同じになってしまうので、外側の責任はむしろとってはいけない。

自分の流れを満たして豊かさを広げていく(お互いに心地良さを感じる人と一緒に調和した世界を築く)ことに集中していていい、した方が良いと思います。



*その他の前提の事例
自己否定=自分自身への愛情不足+相手の感情のネガティブな決めつけ →人間関係がうまくいかない
 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1976987838&owner_id=65478440
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