いいものを読みました。
世界一のコーチですら「素直じゃない人は放っておけばいい」と思っていた。
https://blog.tinect.jp/?p=66220
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最近読み直していて、結構なインパクトがあった本がある。
元GoogleのCEO、エリック・シュミットが書いた、「1兆ドルコーチ」だ。
(略)
「何を言っても無駄な人」は存在する
私は仕事柄、多くの会社が「コーチャブルではない社員」に悩むのを目にしてきた。
彼らは何を言っても、その場しのぎの返答だけで、行動が変わることがない。
「なぜ行動を変えないのか」と聞くと
「時間がない」
「権限がない」
「わからない」
「やりたくない」
の「4ない」で、話は終わる。
彼らは一見謙虚に見えるが、その実は非常に傲慢で、経営者や上司、同僚を見下している。
ビル・キャンベルが言うところの、「利口ぶるやつ」だ。
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(超耳)
すばらしい思い切り、見切りだと思います。
「そういう人々に現実をつきつけるのは、むしろ迷惑行為なのだ。」とまで書かれています。
まったくその通りですよね。
「何を言っても無駄な人」は存在すると私も思います。
ここまではいいんですけれど。
次のところで世界一のコーチとかいう人は馬脚を現しています。
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だから人を傷つけない「大人」は多くの人にとって望まれる。
真実かどうかよりも、「主観的な世界」を心地よくしてくる人のほうが、社会的に歓迎される。
「知りたくもないこと」を本人に突きつけて「現実を見せる」などというのは、単なる下品な悪趣味であり、エゴである。
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(超耳)
下品な悪趣味やエゴ?
それがなければ、今でも魔女裁判は行われていたし、穢多非人の身分の人は理由なき差別に苦しんでいたでしょうね。
「何を言っても無駄な人」に迎合する生き方を推奨し、そうではない人を下品な悪趣味とエゴと言う。これはよくないなあと感じます。
私たちはヒト種なので、同じヒト種の理不尽な不幸を減らしたいと願うものなんですよ。「主観的な世界」を心地よくするとよくない差別がなくならないんです。
1兆ドルコーチはせっかく人間の真実に到達していながら、「多くの人にとって望まれる」なんていうマジョリティに迎合する生き方をしか選ばなかったんだなあ。そこ、残念ですよね。こういう人はハンセン病患者の苦しみにも「多くの人にとって望まれる」方を選ぶのに違いないし、他の多くの病気や障害、それに伴う世間の誤解に苦しむ人達にも「多くの人にとって望まれる」ことしか言わなんだろうと容易にわかります。明言していますからね。「知りたくもないこと」を本人に突きつけて「現実を見せる」などというのは、単なる下品な悪趣味であり、エゴである、と言っていますから。イジメをする人にイジメがよくないという現実を見せることは下品な悪趣味とエゴなんですよね?
せっかくの知恵は、理不尽な不幸をなくして、より多くの人に幸福に近づくチャンスが巡ってくるように使うといいのに。
1兆ドルになんかさほどの価値ないのになあ。その10万分の1もあればお金で手に入られる幸福の99%くらいは買えてお釣りもたっぷりくるのだから、残りの9999億9000万ドルが不要じゃんね。(1兆ドルが生涯収入のことだとは書かれていないですけど。でも金額の大きさを出す人は閾値を超えたお金は無駄だという点がわかっていない人なんじゃないかしらん?)
>「何を言っても無駄な人」は存在する
これはいいんです。そのとおりです。
でも「何を言っても無駄な人」のままでいたくない人に気づくチャンスを巡らせること、「何を言っても無駄な人」のせいで迷惑をこうむっている人を減らすことは、大切なことですよ。下品な悪趣味とエゴなんて言ったらダメですよ。
話は変わりますけど。
「何を言っても無駄な人」はごくまれに役立ちます。
裸の王様っていうのがピンとこない人に、生きた標本として「べからず」を示してくれます。「何を言っても無駄な人」は、誰もやりたがらないダメの見本を示してくれる存在です。本来なら極めて少ない例外的存在であろうと思われるのに、不思議なことですが、たくさんいます。mixi界隈だけでも、掃いて捨てるほどサンプルが集まりますよね。
でもまあ、好んでダメの見本を示してくれるのなら、たまには見本になろうというその姿勢を受け入れて、見本としてもいいのかもしれません。
たまには、心ある人の反面教師として、役立ってくれますよ、「何を言っても無駄な人」族は。
「何を言っても無駄な人」にオススメなのは、その邪悪な一族から抜けることですけどね。べつに引き止められることもありませんし。
学ぶ人になるだけで、嫌な役目を放棄できます。損な役回りをしなくて済みますよ!
ブログを書いた方が強調したかったのは上記の部分ではなく、たぶん次のあたりだと思います。引用して終わりますね。
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「コーチングを受け入れられるか?」という質問に対して「コーチによりますね」という回答は、「いかにも言われそう」なものだ。
だがビル・キャンベルは、その一言でさっさと席を立った。
ビル・キャンベルが「コーチ相手」に求めた資質は何より、正直さと謙虚さだったという。
だからコーチ不可能な人物にはあっさりと、「おまえは利口ぶるやつだ」 = 「嘘つきで傲慢」と言ったのだ。
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