私がサリドマイド禍を知ったのは1981年、国際障害者年(当時ものなのであえて「がい」には「害」をそのまま使う。そもそも「害」に差別的な意図は感じられないと思うが、行き過ぎた「言葉狩り」の風潮は是正するべきである)がきっかけだった。この年、小学生であった私は、サリドマイド障害者を扱った2本の記録映像を視聴した。
その一つは、1981年1月にNHK総合で放送されたNHK特集「旅立とう今〜こずえさん20歳の青春〜」。サリドマイド禍の少女、こずえさんを小学校入学から20歳までを追いかけた記録で、飾り気のない記録映像が印象的だった。1986年(国際障害者の10年の折り返し点)にも再放送され、現在も埼玉県川口市のNHKアーカイブスセンターで視聴できる。そしてもう一つが1981年末に封切られた映画「典子は、今(松山善三監督)」である。
「典子は、今」はその年の末に隣町の映画館で観たのだが、市内の全小・中学生に無料招待券が配られたと記憶している。終盤近く、ペンフレンドの住む広島県の阿多田島を訪ねるくだりはドラマとドキュメンタリーが融合し印象的だった。
この日記を書くきっかけが、今朝の読売新聞に40年後の「今」を伝える記事が出ていたから。両氏とも運転免許の取得、結婚、子育てをへて、第二の人生にさしかかっている時期である。両氏ともいろいろご苦労があった事と思う。だが、ありのままの姿であれからを生きてきたのだな、と新聞記事を見ながら感じた。
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