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2020年01月20日17:46

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「 私達は既に知っているはずなのです 」語り部佐藤麻紀

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「 私達は既に知っているはずなのです 」
 
私は 命が終わってしまったらどうなるのか
本当のところは
誰もわからないと考えています
 
生きていれば必ず命の尽きる日が来ます
それは 誰にも避けられないことです
 
本当のところがわからない
だからこそ
不安を感じ怖いと感じるのではないでしょうか
 
震災前の私は
「 死 」というものを
簡単に捉えすぎていたのかもしれません
 
東日本大震災を体験して
 
知らないから怖かったはずの「 死 」
怖いからこそ近づけなかった現実は
震災で大切な人を喪ってから
私の中に住み着いて二度と離れなくなりました
 
私の知った大切な人の「 死 」は
震災前の不安や怖さではなく
「 怒り 」と「 痛み 」を連れてきました
 
震災で大切な人を亡くしてからの私には
死を 不安に感じ恐れる余裕は
もうどこにも見当たりませんでした
 
災害に対する怒りなのか?と思っていた感情は
事前に備え足りなかった自分が
家族の命を喪ってしまう原因だったのではないか
という底なしの怒りでした
 
月日が経ちさえすれば 
少しでも和らぐのだろうかと思った「 痛み 」は
何年経っても 和らぐことのない
自分で向き合わざるを得ない痛みでした
 
大切な人の死から そのことを感じても 
自分が亡くなった後どうなってしまうのか
私には わかるはずもないのです
 
私が震災前に持っていた観念や思想は
被災したことで
まるで変わってしまいました
 
本来ならば私は
語り部をするような人間ではないのです
 
東日本大震災が 私にそうさせるのです
亡くなった家族を思うと
居てもたってもいられなくなってしまうのです
 
知らない世界が怖いのではありません
「 知らないこと自体 」が怖いことなのです
 
震災前に 家族の死と共に生きることなど
いったい誰が想像したでしょうか
 
守れたはずの命を喪うと
必ず生き残った人は自分で自分を責め苛みます
 
「災害だから誰の責任でもないのだ」などという理屈は
愛しい人を喪った人には通らない言い訳なのです
 
生きる者の死と同じように
自然災害は必ず起きるということを
私達は既に知っているはずなのです
 
知らずに済ませようとしたその先には何があるのか
分かったつもりで過ごしたその先には何があるのか
 
運命や宿命と言う便利な言葉に逃げたりせずに
今ある大切な人の命と向き合って
考え相談し合う必要があるのではないでしょうか
 

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                 #語り部佐藤麻紀
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