mixiユーザー(id:26450852)

2019年12月13日12:38

391 view

『体験の宗教哲学』―西谷宗教哲学の『宗教哲学―序論』の関係で

昨夜、また本箱をゴソゴソしていたら、30代後半に作っていた�狎消�宗教哲学論文メモ�瓩鮓�つける。そのなかで西谷啓治先生の学位論文である『宗教哲学―序論』のメモを見つけたのである。

当時、わたしはある出版社のPR誌に西谷啓治先生の主著である『宗教とは何か』を一節毎にエッセイを連載していたことがある。わたしがそのようなエッセイを書いていたのは、わたしが西谷啓治先生に直接楽しんで大学院の文献研究に西谷啓治先生の『宗教とは何か』を読んて頂いたからである。そのような経緯というか、義務感からわたしはそのようなエッセイを書くようになっていた。

西谷啓治先生の『宗教とは何か』では�犲尊澂瓩鮑�本的問題とされた。しかしその『宗教とは何か』において根本問題とされた�犲尊澂瓩箸楼貘里匹海�ら来たのか。なぜ西谷啓治先生は�犲尊澂瓩鮑�本的問題とされたのかということを、少し考えてみたいと思ったからであった。

メモを見ていると、西谷啓治先生は学位論文である『宗教哲学―序論』のなかで「宗教」を�狎簑个紡召覆襪發劉瓩箸隆愀犬砲△襪箸いぁ△修隆愀犬髻嵜�仰・認識・体験」の三つの立場にあるとされていた。そして�狢慮貝瓩領�場が信仰の立場と認識の立場を包括する立場だと考えられていた。

メモの最後には『体験の宗教哲学』というエッセイの構図もメモ書きされていた。

『体験の宗教哲学』は、西谷啓治先生の学位論文である『宗教哲学―序論』をもとにしている。従って『宗教哲学―序論』をもう一度読み直し、メモを見直すところから始めないと書けないエッセイである。しかしそのエッセイを書き上げることを来年の課題としても面白いかもしれない。そもそもの西谷宗教哲学の�犧�本的立場�甅犹觝足瓩鯡棲里砲垢襪海箸砲茲辰董∪消�啓治先生が何故ドイツ神秘主義を研究されたのかということもわかってくるのかもしれない。

西谷啓治先生がドイツ神秘主義研究をされた動機の一つには�爛縫劵螢坤爐猟狭遶瓩箸いμ簑蠅�あった。西谷啓治先生はドイツ神秘主義、とりわけマイスター・エックハルトの思想のなかにニヒリズムを超克していく道を見出されたといわれる。そのようなことも踏まえて、『体験の宗教哲学』というエッセイを来年は書き上げることを課題としたいと考えている。それにより西谷宗教哲学の全体像も見えてくるかもしれないと密かに期待しているのである。
5 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する