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2019年11月27日00:17

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「歴史」を取り戻す


奈良県御所(ごせ)市の中西・秋津遺跡で、
およそ2400年前の大規模な
水田跡地が見つかりました。

すでに、佐賀県の菜畑遺跡から、
紀元前930年の水田跡が発見され、
さらには「最古の水田村」と考えられる
福岡県の板付遺跡が発掘されています。

日本の水田稲作は、
およそ3000年前に九州北部に伝わり、
その後、数百年かけて東進し、
2400年前の段階では、大和盆地で
大規模に営まれる状況になっていたわけです。

既存の、

「2300年前に渡来人が大挙して
 日本列島に流入し、水田稲作を伝えた」

なる通説は、完全に崩壊しました。

日本国民は、上記の「渡来人説」などの
古代史の「妄説」を否定していかなければ
なりません。
歴史を正すことは、
国民の記憶を取り戻すことです。

歴史とは、国民のメモリーです。
現在、国民のメモリーが
歪められている状況にある。

特に歪められている歴史が、大東亜戦争
(何しろ、呼び名まで
 「太平洋戦争」に変えられた)
と、古代史です。

古代史分野の歪みの解消は、
長浜弘明先生を先頭に、
ようやく始まったばかりです。

ちなみに、古代史分野では、
自虐史観ではない、
いわゆる「保守派」と呼ばれる
史家や論客も注意が必要です。

任那を認め、騎馬民族征服王朝説や
邪馬台国東遷説を否定する人が、
なぜか東征や神武天皇を「嘘」と言う。

「邪馬台国は九州北部」と正しい結論に
たどり着いておきながら、
卑弥呼と天照大神を比定する。

あるいは神功皇后の存在は認めるくせに、
やはり卑弥呼と天照大神を比定するなど、
支離滅裂な人が多いので、注意が必要です。

(※「比定」とは、否定ではなく、
 「同じであると類推する」という意味です)

いや、記紀も魏志倭人伝も後漢書も宋書も
三国史記も、とりあえずは認めましょうよ。
基礎資料の全否定から入って、
どうするのですか。

日本や中国、朝鮮半島の
史記を普通に読まず、「妄想」の強化のために
「つまみ食い」する連中は、
右も左も全員「自虐史観」です。

無論、記紀には年代が「現代の価値観」では
誤っているという問題があります。
(恐らく「春秋年」を使っていたため、
 一年が二年になっている時期が多い)

とはいえ、
最近は科学の発展や考古学的発見により、
記紀の記述が年代はともかく、
事実関係や「順番」は相当に正しいことが
判明しています。

あとは、客観的史料やデータから、
記紀の出来事の「西暦」を
特定すればいいのです。
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